2021年12月 9日公開
正直なところ、ちょっと多いなという印象だ。今季ライオンズでは粟津凱士投手が4月、齋藤大将投手が5月、伊藤翔投手が10月、そして上間永遠投手が11月にトミージョン手術(TJ手術)を受けた。そして4投手全員が来季はリハビリのため育成契約に切り替えられる。
確かに近年TJ手術の成功率は飛躍的に向上し、TJ手術先進国のアメリカでのデータ上はほとんど失敗するケースはなくなって来ている。しかしそれでも成功率は100%ではないし、手術自体は成功だったとしても以前のパフォーマンスに戻すことができなかった投手たちも多数いる。
これだけ多くの選手が同一シーズン中にTJ手術を受けた現実を踏まえると、さすがにドラフト戦術を見直す必要性も出てくるのではないだろうか。
筆者はプロ野球選手のパーソナルコーチングも行う動作改善の専門家(プロコーチ)なのだが、現在はもうすでに肩肘に負荷がかかりにくい投げ方が科学的に確立されている。だがプロ野球レベルであってもその投げ方を身につけている投手は稀だ。
ちなみに肩肘に負荷がかかりにくい、科学的に本当に正しい投げ方にに関しては筆者監修の『よくわかる!投球障害予防改善法-徹底解説ビデオ』で紹介しているので、もし機会があればご覧いただければ幸いです。
当然プロとアマチュアでは体にかかる負荷のレベルはまったく違ってくる。高校・大学・社会人時代は何も問題なかったとしても、プロレベルの負荷に体が負けてしまう投手は多い。上述した4投手などはまさにその典型なのだろう。
だが筆者監修のビデオを見ていただくとお分かりいただけるように、4投手とも肩肘を痛めやすい動作が投球モーションの中にインストールされている。スカウティングチームとしてはいくらアマチュア時代の成績が良かったとしても、将来的に怪我をしやすいフォームで投げている投手の指名は見送るという対策は必要な時代になってきていると思う。
例えばライオンズで怪我をしにくいモーションで投げていたのは東尾修投手、渡辺久信投手、潮崎哲也投手、西口文也投手、岸孝之投手らの名前を挙げることができる。逆に怪我をしやすそうなモーションだったのは渡辺智男投手、石井貴投手、大石達也投手、菊池雄星投手らだ。
渡辺智男投手や石井貴投手の時代は、まだ科学的に肩肘を痛めにくい投げ方は確立されていなかった。しかし大石投手や菊池投手が入団した頃には、もうそのような野球科学は確立していた。筆者自身も担当する選手たちにそのような投げ方をコーチングしている。
筆者が選手たちによく言うのが「無事是名馬」という言葉だ。野球選手にとって最も大切なのは怪我をしないことだ。すぐに確実に治せるレベルの小さな怪我ならまだしも、選手生命を左右するような肩肘の怪我はとにかく避けたい。
冒頭で挙げたTJ手術を受けた若い4投手に関しても、もしプロ入りしていなければこんな辛い経験をすることはなかったかもしれない。そう考えると、スカウトマンも野球科学を学ぶことにより、怪我をする可能性が高そうな選手の指名は回避するという眼力を養う必要も今後はあるのかもしれない。
TJ手術を受けて球速が速くなった、というスポーツニュースを時々目にするが、これは正確な伝え方ではない。TJ手術を受けたから球速が速くなったのではなく、TJ手術の術後に尋常ならぬ過酷なリハビリに耐え抜いたから、術前よりも体が強くなったり、体の使い方が上手くなって球速がアップしていくのだ。
しかしこの過酷なリハビリに1年以上耐え続けることは本当に難しい。プロレベルの精神力を持ってしても、途中で弱気になってしまうことも多い。だからこそリハビリを担当する理学療法士(PT)にはペップトークのスキルも求められている。
チームとしては将来への期待値が高い若手投手たちが同一シーズンで4人もTJ手術を受けたことは本当に痛手だと思う。だがこれはある意味では良い方向に進む可能性も秘めている。
上述したようにJT手術を受けた後のリハビリは本当に過酷だ。だが他に3人もチーム内にリハビリ仲間がいれば、互いに励まし合うことでこの辛い時期を乗り越えていけるだろう。
粟津投手、齋藤投手、伊藤投手、上間投手にとっては過酷な1年間となるわけだが、しかし共に辛い時期を過ごせるリハビリ仲間が身近にいたことは本当に良かったと思う。
この4投手にはこれからリハビリを頑張ってもらい、術前よりも良いボールを投げられるピッチャーになって帰ってきてもらいたい。
そしてこの4人の中では齋藤大将が26歳で最年長になるわけだが、1軍での実績なくこの年齢でTJ手術を受けるということはまさに背水そのものだ。だが過酷なリハビリを経て、来季はスケールアップしてマウンドに戻ってきてくれるはずだ。
先発左腕としての期待値はチーム内ではかなり低くなってしまったが、しかし左サイドという変則投法を上手く武器にできれば、かつての星野智樹投手のようなリリーバーになることだってできるはずだ。
粟津投手にしても潮崎哲也投手の動画を見て覚えたシンカーを武器にプロ入りしてきたのだから、やはり本家潮崎投手を凌ぐようなピッチャーになってもらいたい。伊藤翔投手にしても先発投手らしい自らのタイプを生かし、独立リーグの星として何とか一軍のローテーションに切り込んで行ってもらいたい。
そして今季開幕直後には落ち着いたマウンド捌きで将来のローテ入りを嘱望された上間投手にしても、まだ20歳なのだから焦ることなくリハビリに打ち込み、スケールの大きな先発投手としてまた1軍のマウンドに戻ってきてもらいたい。
肘の怪我さえなければ、4人とも十分に1軍の戦力になれる若獅子たちだ。TJ手術により1年以上遠回りしてしまうわけだが、しかし急がば回れという諺もあるように、この1年があって良かったと振り返ることのできる期間にしていって欲しい。
ちなみに2010〜2019年までの10年間のドラフト1位の中で、まだ1軍で活躍することができていないのは齋藤大将投手ただ一人となっている。筆者は、そういう意味でも齋藤投手には何とか1軍に食い込んできて欲しいと願っているのだ。
齋藤投手が、かつての星野智樹投手のような左殺しとして1軍に定着してくれれば、ライオンズのブルペンをさらに厚くすることができる。それこそもうベテランの域に入っている武隈祥太投手からそのポジションを奪うくらいの気概を見せて欲しい。
とにかく齋藤投手に関しては、4人の中では最も時間が残されていない選手だ。だからこそ筆者は、齋藤投手には特にこのリハビリを頑張ってもらい、来季は1軍の胴上げの輪に加わっていて欲しいと願っているのである。