2024年2月 1日公開
西武球団が球界のどこよりも先駆けて指導者ライセンスの策定を始めることが明らかになった。これは本当に素晴らしい取り組みであり、これにより指導者のレベルが底上げされれば、科学的に間違った指導を受けたことによって選手が怪我をするリスクも減らすことができる。
サッカー界ではすでに指導者ライセンスが機能しており、これはJリーグという母体が中心となって作り上げてきた。しかし残念ながら野球界ではNPBが主導してライセンス制度の策定を目指すことはなく、まずライオンズ内での指導者ライセンスから始まることになりそうだ。
ちなみに野球指導者ライセンスということになると、全日本野球協会が策定した「公認野球指導者資格U-12」というライセンスが2020年以降誕生しており、ごく一部の指導者がこの資格を取得している。ただしこれは任意であるため、この資格がなければ12歳以下を指導することができない、というわけではない。
また、注意していただきたいのは、ネット上には出どころが不明な野球指導者ライセンス協会というものがあり、無料で受けられる丁稚な内容の試験を受けるだけで、ライセンスカードやライセンス証書の発行を有料で行っているサイトがある。野球指導者ライセンスに興味があったとしても、このような出どころ不明なものにお金を支払うことだけは絶対に避けて欲しい。
本物の野球指導者ライセンスを受けられる先は、必ず『ベースボールクリニック』等の野球指導専門誌でアナウンスされるため、もし気になる方は専門誌を定期的にチェックしたり、一般財団法人全日本野球協会のウェブサイトを確認されてください。
さて、そのような一部の詐欺まがいの野球指導者ライセンスを淘汰する意味でも、西武球団が球界に先駆けて指導者ライセンスの策定を始めるというのは本当に素晴らしい取り組みだと思う。当面はライオンズ内でのみ効力を発揮する存在となるようだが、後々はライオンズコーチアカデミーを設立するなどし、本格的に指導者の育成にも力を入れていくようだ。
筆者は2010年1月からフルタイムで野球のプロコーチをしているのだが、少年野球、中学野球、高校野球、プロ野球などなど、どのレベルをとっても野球動作を科学的に学んでいる指導者は非常に少ないことをこれまで実感し続けてきた。
例えば筆者の指導によって肩痛肘痛がなくなり、ようやくチームに戻ってまたプレーできるようになったと思ったら、チームの監督コーチにフォームを再び改悪され、また肩肘を痛めてしまう選手がこれまで多数存在していた。そしてこれは少年野球でもプロ野球でも同じことが言える。
しかし現在のライオンズはバイオメカニクスに力を入れている。バイオメカニクスとは、投球フォームや打撃フォームを科学的理論のもとで分析し、怪我のリスクを減らしながらパフォーマンスを上げていくためのコーディネート(動作指導)をしていくために必要なものとなる。
そしてバイオメカニクスを理解するためには人体力学や解剖学を理解する必要があり、体の構造をしっかりと理解することで、初めてバイオメカニクスというものを理解できるようになる。筆者の職業はまさにバイオメカニクスによって選手のパフォーマンスアップのお手伝いをすることにある。
バイオメカニクスは科学であるため、最初はとっつきにくい難しさもある。だが西武球団がこれから作り上げていく指導者ライセンス制度を通して、バイオメカニクスの必要性や効果的な学習方法をアウトプットしていければ、経験則によってのみ教えてしまう指導者はどんどん減っていくことが考えられる。
ちなみに「野球肘」という言葉は、野球をやっていなくても何となく聞いたことがある言葉だと思うのだが、この野球肘の99%は正しい投げ方を身につけることで防ぐことができる。言い方を変えると、正しい知識を持たない野球指導者たちが、間違った投げ方を子どもたちに教え込んでしまうことにより引き起こされるのが野球肘なのだ。
ライオンズにもトミー・ジョン手術を受けている選手が本当にたくさんいるわけだが、バイオメカニクスがもっと発展し、野球指導者のレベルが底上げされていけば、野球肘に関しては撲滅させることも不可能ではないはずだ。そしてその一助となってくれるであろう存在が、いま西武球団が作ろうとしている野球指導者ライセンスとなる。
この指導者ライセンスに先行し、ライオンズでは近年、春季キャンプ前になると研修を行うようになっている。今年に関しては約130名のライオンズのコーチとスタッフの方々が参加し、バイオメカニクスの基本や、スポーツ心理学的に正しい指導法、選手との円滑なコミュニケーションの取り方などを専門講師を招いて学んでいる。松井稼頭央監督ももちろん参加しており、これに関しても本当に素晴らしい取り組みだと筆者はいつも考えている。
一昔前までのライオンズは、室内練習場も寮も老朽化しており、とても時代の最先端を行っているようには見えなかった。だがその室内練習場と寮が建て替えられて以降は、西武球団は12球団のどこよりも時代を先駆けて走り出すようになった。
「育成の西武」を標榜するようになった今、西武球団は選手を育成するばかりではなく、指導者の育成にも力を入れ始めている。だがこれは今に始まったことではなく、ライオンズにおいては以前より、一軍監督をじっくりと時間をかけて育成する手法を取ってきた。
伊東勤監督までは、まったく指導者経験がない状態で一軍監督を務めることが続いていた。例えば東尾修監督は名将であったわけだが、監督就任前の指導者経験となるとほとんどないに等しかった。伊原春樹監督に関してはコーチ経験は豊富ではあったが、口が災いすることが多すぎた。
それ以前の森祇晶監督や、広岡達朗監督、根本陸夫監督に関しては別次元の話となるわけだが、伊東監督の後任を務めた渡辺久信監督は、二軍で投手コーチや監督としてキャリアを積み、ようやく2008年に一軍監督に就任した。
その後も二軍では将来の一軍監督候補として潮崎哲也氏、西口文也現二軍監督、松井稼頭央現一軍監督の育成が行われてきた。ちなみに潮崎哲也監督が誕生しなかったのは、本人が現場指導よりもアマチュアスカウトの道を望んだからだと言われている。
このように近年では監督の育成にも力を入れているライオンズが、これからはコーチ陣の育成にも力を入れていくことになる。これは育成の西武を標榜するからには、まずはしっかりと選手を育成できる指導者の育成が必要だということに球団が気付いたからに他ならない。
昨季は色々あって5位に低迷してしまったライオンズではあるが、チーム強化に関しては着々と進んでいると言って間違いない。渡辺GMを筆頭に新しく生まれ変わってきた西武球団の夜明けはもう間近に迫っている。早ければ今季からでも、ライオンズは確かな常勝時代を築き上げていくことになるだろう。そして指導者ライセンスの策定に関しては、それを予感させてくれるニュースとなった。