2022年11月12日公開
ライオンズの先発ローテーション6枚の安定感は今、本当に素晴らしいレベルにあると言える。今季に関しては今井達也投手が故障で離脱していた期間が長かったわけだが、この怪我さえなければ髙橋光成投手、松本航投手、與座海人投手、エンス投手、隅田知一郎投手としっかりと6枚揃うことになる。
さらにはこのうちの誰かが離脱したとしてもその後ろには平井克典投手、渡邉勇太朗投手、佐藤隼輔投手らが控えており、先発陣に関してはよほどの事態でも起こらない限り大きな死角はない。ただし絶対的エースがまだ出現しているわけではないため、表ローテの一番手が投げる試合での勝率を挙げることがなかなかできていないのが、近年のライオンズの苦しいところだった。
これが例えばホークスの千賀投手、バファローズの山本投手のような絶対的エースの場合、表ローテの一番手として投げてもしっかりと勝ち星を増やし、タイトル争いに加わっていくことができる。だが現状ライオンズの表ローテの一番手は髙橋光成投手であり、髙橋投手の現在のレベルではまだ、千賀投手や山本投手とがっぷり四つになった場合、勝ち切れないことが多い。この表ローテ一番手の弱さが今季のライオンズの順位をそのまま反映させてしまったと言える。
そして非常に残念なことではあるが、来季はホークスの千賀投手がメジャー移籍する可能性が非常に高く、またパ・リーグから絶対的エースが海外に渡っていってしまう。そうなるとパ・リーグの絶対的エースと呼べる存在はほとんど山本由伸投手ただ一人となるため、他球団としては今まで以上に戦いやすくなるだろう。
筆者個人としては調子が良い時の今井投手のストレートは手がつけられない程の威力があるため、今ライオンズの中で最も絶対的エースの座に近いのは今井投手だと考えている。ただし今井投手の場合はメンタルにかなりのムラがあるため、パフォーマンスレベルをもう少しメンタル面から安定させていかなければ、絶対的エースどころか、エースとなることも難しいはずだ。
一方の髙橋投手はキラーボールと呼べるボールはないのだが、パフォーマンスの安定感という意味では年々向上して来ている。例えば髙橋投手が近い将来、西口文也投手のような存在になることは難しいと思うのだが、しかしかつての石井丈裕投手や新谷博投手のようなタイプの安定感で勝負するタイプのエースになっていくのではないだろうか。そしてキラーボールというよりは、その安定感と制球によって沢村賞に近づいていけると筆者は考えている。
そして通算勝利数に関しては、髙橋投手は石井丈裕投手の68勝や新谷博投手の54勝を大きく上回っていくだろう。髙橋投手は現時点で通算55勝を挙げているため、もうすでに新谷投手の勝ち星は上回った。ただし沢村賞を獲った石井丈裕投手や、最優秀防御率を獲得している新谷博投手に対し、高橋光成投手はまだ一度も主要タイトルを獲得したことがないし、タイトル争いに加われたこともない。そのため髙橋投手としては、来季は是が非でも投手主要タイトルを狙って獲りにいかなければならない。そしてこれは髙橋投手のみならず、現時点でのライオンズ先発陣全体の課題だとも言える。
髙橋投手、今井投手、松本投手の三本柱はこれまで、不名誉な部門では三人全員がリーグワーストになったことがある。だがライオンズのエースを名乗るのであれば、最低限何らかのタイトルを獲得していかなければならない。
最近は2年連続で山本由伸投手が投手部門のタイトルを総なめにしているわけだが、いつまでも山本投手の独走を許していてはいけない。そして山本投手の調子が落ちてくるのを待つのではなく、これまで通りの山本投手と投げ合って勝つことによって、ライオンズのエースはタイトルを獲得していかなければならない。
そういう意味でもライオンズは、この1〜2年はイーグルスでやや燻っている涌井秀章投手を連れ戻すべきだと思う。それはもちろん涌井投手にライオンズで五度目の最多勝を狙って欲しいという意味ではなく、若き三本柱や他の先発陣に対し、エース道やタイトルを獲得するための極意を伝授してもらうためだ。
やはりエース道というのは現役投手が教えるからこそ、そのDNAが後進へと脈々と受け継がれていく。アマチュア時代の西口文也投手は渡辺久信投手に憧れ、岸孝之投手は西口文也投手に憧れてプロに入った。こうして細身のエースのDNAが受け継がれて来た。そして絶対的エースのDNAは松坂大輔投手から涌井秀章投手へと受け継がれた。だが今、そのDNAが上手く受け継がれていないのだ。そのためなのか、ライオンズから新たな絶対的エースがなかなか誕生しないシーズンが涌井投手流出後はずっと続いている。
ライオンズ復帰後の松坂大輔投手や、人的補償で加入した内海哲也投手はもちろんエース道を説けたわけだが、しかし晩年の彼らは残念ながらシーズンの大半を2軍で過ごしていた。だが涌井秀章投手であればまだまだ1軍に居続けられるだけの力がある。
多少の出血をしたとしても、戦力外になるならないというタイミングになってからではなく、まだ1軍で戦える今のうちに涌井秀章投手を連れ戻し、エースのDNAを再びライオンズに伝承していってもらいたい。現在1軍の投手コーチは豊田清コーチなわけだが、豊田コーチは絶対的守護神ではあったが、エースではなかった。そのため守護神としての心得はいくらでも教えられるわけだが、エース道に関しては教えられない。
そしてそれを教えられる西口文也コーチは現在は2軍監督となっているため、1軍の主力投手たちの指導に時間を割くことはできない。だからこそ必要になってくるのが涌井秀章投手の存在なのだ。ライオンズの背番号18は3年間は空いたままになっているし、今のところ18番を背負うに相応しい存在の投手はいない。引退間近で松坂投手が再び18番を背負ったわけだが、そこからまた涌井秀章投手に受け継いでもらえれば、ライオンズの投手陣は絶対的エースのDNAを受け継ぎ、もっと強固なものへとなっていくだろう。
真のエースというのはコーチの指導だけで簡単に育てられるものではない。若きエース候補は、現在のエースの背中を追いかけながらエースの階段を登っていく。だが現在のライオンズには追い駆ける存在の投手がいないのだ。松坂投手も内海投手も現役を退いてしまった今、若き三本柱たちは互いに切磋琢磨することによってしか向上していくことができない。
メンタルスキルを蔑ろにしている今井達也投手にしても、仮に涌井秀章投手の存在があれば、涌井投手から如何にマウンド上での平常心が重要なのかを教わることができる。今井投手の場合はとにかくメンタルのスタビリティ(安定感)に弱点を抱えており、本人自身もそのメンタルスキルを重視していないため、なかなか一皮剥けずにいるのが現状だ。
涌井秀章投手はキラーボールを持ったエースではなかった。例えば松坂投手や西口投手のスライダー、潮崎哲也投手のシンカー、岸孝之投手のカーブのように、魔球と呼ばれるボールは持っていなかった。しかしそれでも沢村賞を獲得し、最多勝にも四度輝いている。そしてその姿はまさに涌井投手同様にキラーボールを持たない髙橋光成投手の良き手本となるはずだ。
松本航投手にしても、球速は全盛期の涌井投手と然程変わらない。それなのに何故に涌井投手は最多勝を四度も獲れて、松本投手は未だに10勝がキャリアハイとなっているのか。松本投手の球速で勝つための極意も、涌井秀章投手が教えられるはずだ。
そして今季は1勝10敗と、試合を作りながらもまったく勝てなかった隅田投手にしても、涌井投手から投球術を学ぶことができれば、この数字を10勝1敗にひっくり返すことだって可能だろう。
ようやく安定して来た先発陣をさらに一段も二段もレベルアップさせるためには、涌井秀章投手というお手本はまさにうってつけの存在だ。だからこそ涌井投手の引退間際になってからではなく、まだ1軍で戦えるこの時点で多少の出血をしてでもかつてのエースを取り戻すべきだと筆者は考えているのである。
渡辺久信GMは、涌井投手全盛期の監督だ。イーグルスの石井一久監督兼GMも、渡辺久信GMとは友好関係がある。このパイプを上手く活用できれば、出血なく金銭トレードで涌井秀章投手を再獲得できる可能性もあるだろう。
実は筆者は、涌井秀章投手がまだ中学生だったころからそのピッチングを目にしていた。そのため個人的に涌井秀章という投手に対し思い入れもあるのだが、しかしその思い入れを差し引いたとしても、涌井投手の存在は必ず今のライオンズに大きなプラスをもたらしてくれるはずだと信じている。
もちろん現実的な案とは言えないかもしれないが、しかし上述した涌井投手を再獲得するメリットの件には、少なからずの説得力はあったと思う。涌井投手の憧れであった松坂投手も、最後はライオンズのユニフォームを着て現役生活を終えた。それならば涌井投手にも最後はライオンズの18番を背負って、現役生活最後の花を咲かせて欲しいと願っているのは、果たして筆者だけなのだろうか。