2024年9月26日公開
今日のライオンズは一・二軍ともにノーヒットノーランの危機だった。一軍は9回二死までノーヒットで、そこまで行ってようやく野村大樹選手にチーム初ヒットとなる三塁打が生まれた。一方の二軍も村田怜音選手の1安打のみでシャットアウトされている。
だが問題は一軍だ。ライオンズ打線はほとんどの場面で来た球に対して素直にバットを出していっている。だがこれは言い換えると、相手バッテリーが打って欲しいと思っているボールを振らされているということになる。良い打者というのは逆に、自分が打ちたい球を相手投手に投げさせるのが上手い。
例えばストレートを狙いたい時は、カウントが若いうちは変化球に対し完璧なタイミングで空振りを見せておくことで、相手バッテリーに「変化球を待っている」と思わせるのだ。そうすることで以降のストレート系の割合が増えていく。
もしくは内角のボールを引っ張りたい時は、初球はあえて深く踏み込んで、捕手に外角のボールを待っているように見せるのだ。捕手というのは必ず打者のステップを観察しているため、深く踏み込んでくる打者を見ると、「外角球で反対方向へのバッティングを狙っている」、と受け取る。すると内角に食い込んでくるボールが来る確率が高まり、思いっきり引っ張って打つことができる。
これがバッティングの駆け引きになるわけだが、ライオンズ打線でこの駆け引きができている選手はいない。どちらかと言えば、「このカウントになったらこの投手はこの球種を投げてくる」、という感じで、データありきのバッティングをしているようにしか見えない。
ライオンズでこのような駆け引きをしながら打てていたのは栗山巧選手、中村剛也選手、秋山翔吾選手、浅村栄斗選手あたりが最後なのではないだろうか。彼らの後にもFAでライオンズを去った強打者たちがいたが、しかし彼らもやはり駆け引きをしているようには見えなかった。
この駆け引きをできるようにならない限り、ライオンズ打線が一皮剥けるということはまずないだろう。もちろん全員が全員駆け引きをできるようにならなかったとしても、せめてリードオフマンや上位打線を打つ打者に関しては駆け引きの仕方を覚えていってもらいたい。
ここで改めてライオンズの一軍打撃コーチを見てみると、まず高山久打撃コーチの現役時代は、お世辞にも駆け引きが上手い選手とは言えなかった。どちらかと言えばヤマを張って、それが当たれば打てるというタイプの打者だった。そして嶋重宣打撃コーチの現役時代も、バットコントロールの巧さやテイクバックでの間の取り方は非常に上手かったが、駆け引きを楽しめるタイプの打者とは言えなかった。
そして打撃戦略担当だった平石洋介ヘッドコーチにしても、現役時代は年間35試合以上出場したことがないため、駆け引き云々という話ではない。ただ、筆者は名指導者は名選手からしか生まれないとは考えていない。極端な話、野球経験がなくても野球動作の科学的指導法とスポーツ心理学を理解していれば、ちゃんと選手を成長させられるコーチになることができるのだ。
ただ、日本はプロもアマチュアも実績主義である側面が強い。例えば少年野球のコーチを見ても、野球経験に乏しい親御さんが、甲子園出場経験のあるお父さんコーチに物を言うことは許されない。もしこのような状況で何か言ってしまえば、「じゃああなたにはどれだけの野球経験があるんですか?」、と詰め寄ってくるだろう。そしてその後はそのコーチによって、お子さんの出場機会が意図的に減らされてしまう危険も伴う。残念ながらこれが日本の少年野球の現実だ。
だがアメリカのリトルリーグはまったく異なり、リトルリーグ連盟からチームに必ず一人派遣されるプロコーチが子どもたちに技術指導を行う。そしてそのコーチたちは決して全員が全員本格的な野球経験者ではなく、それ以上に重視されるのはどれだけ指導に必要なスキルを学んだか、という点だ。しっかりとした指導スキルを持ったコーチは、野球経験問わず信頼される。
そして日本のプロ野球を見てもやはり実績主義社会で、現役時代にレギュラーになれなかった打撃コーチに対して素直に耳を貸さない選手が非常に多い。つまり理論や指導力云々ではなく、「現役通算37安打だったコーチよりも、2000本安打を達成しているコーチに教わりたい」、と考える選手が多いということだ。だから日本球界ではアメリカのように、未だに選手と指導者は似て非なるものだと理解されることがない。
嶋コーチは恐らくはスポーツ心理学の勉強はしていない。嶋コーチの談話やインタビューを拝見していても、勉強していないんだろうなという言葉が端々から聞こえてくる。例えばある時嶋コーチは、なかなかやるべきことをできずにいるライオンズ打線に対して、「こっちからこうしてくれと言っているのは、どれも簡単なことばかり」、というコメントをされていた。だが選手が求めているのは簡単なことではない、具体的にどういう対策を練って打席に立てば良いのかということだ。
そしてその対策を具体的かつシンプルな言葉で、選手たちが打席に向かう直前にいつも耳打ちしていたのがデーブ大久保コーチだった。デーブコーチは本当に勉強熱心なコーチで、筆者も以前指導現場でお話をさせてもらったことがあったり、中村剛也選手が特集された雑誌では同じ誌面で中村選手の技術解説をさせてもらったこともあるのだが、デーブ大久保コーチはスポーツ科学を本当に理解されている超理論派コーチだった。
なお2008年にライオンズが最後に日本シリーズで優勝した年は、デーブ大久保コーチは寝ずに相手投手の研究をし続け、それにより体調を崩されながらも打撃陣の指導をされていた。果たして嶋コーチ、高山コーチ、平石コーチは、その時のデーブ大久保コーチのように命懸けで選手が打てるようになるための戦いを今季していたのだろうか。
確かに今のライオンズ打線は気持ちの面、つまりメンタルの強化も必要だ。渡辺久信監督代行が仰るようにファイティングポーズを取り続けることが大切だ。だがそれ以上に必要なのはもっと考えて野球をやるという姿だ。
今日は最後の最後でようやくノーヒットノーランを阻止することができたが、本来であればもっと早い段階で打者陣は小技を使って投手を揺さぶるべきだった。ホークスの先発スチュワート投手にも今までやられっぱなしであるのだから、もっとこのスチュワート投手をイラつかせるような取り組みが必要だった。
例えばボール球が来る可能性が高いカウントでは必ずセーフティーバントの仕草を見せてスチュワート投手を無駄に動かしてスタミナを奪ったり、スチュワート投手が嫌がるようなタイミングでタイムをかけたり、10球以上ファールを打ち続けたり。これらのような投手が嫌がることをすることでスチュワート投手を消耗させ、球威を低下させていくというのもチーム全体でできる相手投手に対する駆け引きだ。
これが和田毅投手のような百戦錬磨の大ベテランであれば乗って来ない可能性の方が高いが、しかし比較的感情的になりやすい外国人選手であるスチュワート投手の場合は、すぐに平常心を乱してくれるはずだ。これを「正々堂々の勝負ではない」という人もいるかもしれない。だが横綱相手に小結が横綱相撲をして勝てるはずはない。小結が横綱に勝つためには「猫騙し」だの「八艘跳び」だのというエキセントリックな技を使っていかなければならないのだ。そしてそれこそが故野村克也監督が仰った「弱者の兵法」の一面だと言える。
今のライオンズ打線は明らかに技術が伴っていない。まだまだ発展途上である打者たちが力のあるピッチャーに対し横綱相撲をしても打てるはずがないのだ。もちろん相手投手の調子が悪ければ話は別だが。しかし今のライオンズ打線が好投手を打ち崩すためには、猫騙しや八艘跳びが必要なのだ。
例えば東尾野球のように俊足トリオ・俊足カルテットを結成して、三者連続・四者連続のセーフティーバントで相手投手を揺さぶったって良いだろう。とにかく投手に打球処理に向かわせて無駄に走らせることで息を上がらせ、それによってフォームを少しずつ崩していき、球威を落としていくのだ。このような打線全体で取り組めるような対策が、近年のライオンズではまったく見られない。そのため相手投手の状態良ければまったく打てないし、打てる時は相手投手の調子が良くない時だけ、ということになってしまうのだ。
しかし一軍のローテーションでは、調子が悪い投手が出てくるケースなどそれほど多くはない。そしてこれこそがライオンズ打線が今季、たまに昨日のように猛打を見せても翌日には今日のようにノーヒットノーラン未遂となる状態が続いている原因だと言える。
だからこそ来季打撃コーチを務める人物は、もっと戦術的な打撃指導ができる人物である必要がある。データを偏重してしても、データなど相手チームにだっていくらでもあるため、現代野球では実は傾向の類のデータは大したアドバンテージにはならない。だからこそ来季の打撃コーチには、もっとエキセントリックな戦術を敷ける人物の就任を期待したいところだ。