2024年5月13日公開
確かにデーブ大久保氏の仰る通りなのかもしれない。デーブ大久保氏は今のライオンズには嫌われ役になれるコーチがいないと言っており、それにより選手に危機感が足りていない状況だと話されていた。
嫌われ役と言うとやや大袈裟かもしれないが、渡辺久信監督で日本一になった2008年には黒江透修ヘッドコーチ(森祇晶監督時代にも同様にヘッドコーチを務めた)が選手たちに小言を言う役割を担っていた。そして東尾修監督時代には須藤豊ヘッドコーチがやはり同様の役割を務めていたし、1999年まではさらに伊原春樹コーチの存在もあった。
だが現在のライオンズのコーチ陣は見るからに良い人たちばかりで、嫌われ役を買って出ることのできるコーチはいないと思われる。本来であれば平石洋介ヘッドコーチがその役目を務めなければならないわけだが、ファン目線で見ると、松井稼頭央監督も平石ヘッドコーチもとても良い人に見えている。
もちろん良い人であるということは本来はプラス要素であるわけだが、しかし勝負の世界においては一人嫌われ役になれる人がいなければ、デーブ大久保氏が仰る通りチームに緊張感が出なくなってしまうのだ。
一方首位をひた走るホークスの場合、小久保監督が誰よりも厳しさを全面に出している。そのため嫌われ役となるコーチの存在がなかったとしても、監督自らチームに緊張感を与えることができている。筆者はこの緊張感や危機感というものに関しては、辻監督時代からこの場で苦言のようなことを書いて来たわけだが、長年そのようなチーム雰囲気を続けることによって温室育ちのような選手ばかりになってしまい、今の勝てないチーム状態となってしまっている。
ではなぜ優しいコーチばかりになってしまうのか?実はこれに関しては10年ほど前に、NPBでコーチを務めていた、とある名指導者とお会いした時にも同じ話題になったのだが、コーチの保身が最大の原因だと考えられる。
コーチというのは、当然だが定年くらいまではコーチ業を続けたいと考えている。できれば野球界を離れずに働き続けたいと考えているわけだが、そのためには選手に好かれるコーチになる必要があるのだ。
選手に好かれないコーチというのは、例えば主力選手から「あのコーチのやり方は好きじゃない」と評価されてしまうと、契約を更改してもらえない可能性が高くなる。もちろん伊原春樹コーチのように圧倒的な指導能力がある場合は別だが、中途半端な指導力しかない場合は、選手からの評判が悪いコーチはあっという間に契約を切られてしまう。
そのため近年は選手に優しいコーチばかりが12球団に蔓延することになってしまい、本当に実力を伸ばしていける一流選手たちは、筆者のようなパーソナルコーチと契約をし、個人的に技術指導を受けることが当たり前になってきている。
そしてパーソナルコーチと契約をする意識の高い選手たちは、チームの監督コーチが誰に代わってもしっかりと活躍し続けることができる。だが逆にチームのコーチからしか指導を受けない選手たちは、監督コーチが変わるたびに考え方の軸がブレてしまったり、好きな指導者の話ばかりを傾聴するようになってしまう。
例えば以前ライオンズには金森栄治という打撃コーチがいた(現早稲田大学野球部助監督)。彼はアレックス・カブレラ選手から絶大な信頼を得ていたコーチであるわけだが、非常に高い指導能力や技術知識を持ちながらも、そのレベルの高さについていけない選手たちからの評判が悪かった。
ちなみに金森コーチは今で言う「ステイバック」を時代に先駆けて指導していたわけだが、カブレラ選手はステイバックをマスターすることによって打率3割以上を打ちながらもホームランを量産できる打者へとなっていった。
だがそんな名コーチでありながらも、そのレベルの高さについていけなかったプロフェッショナルの野球選手たちからの評判の悪さにより、金森コーチは2001〜2002年という短い期間だけでコーチ職を解任されてしまった。この時カブレラ選手は最後まで金森コーチの解任に反対し続けた。
しかし今のライオンズに必要なのは、まさに金森コーチのような厳しさのある指導ができる存在ではないだろうか。もちろんそれは金森コーチに限らず誰でも良いわけだが、少なくとも言えることは、緊張感がなくなってしまったチームをピリッとさせてくれる存在が必要だということだ。
ただし伊原春樹監督が行ったような時代錯誤のやり方ではないけない。時代に合ったやり方でチームに厳しさを植え付けられる柔軟性のあるやり方である必要がある。
そう考えると、筆者は以前より高木浩之氏が将来的にはヘッドコーチに相応しい人物なのではないかと考えていた。今はフロントに入っている高木氏は野球をよく知り、人柄が良いだけではなく厳しさの大切さも知る人物だったと思うからだ。
企業コンプライアンスは確かに重要だと思う。例えば昔は通用した鉄拳制裁は、今では警察沙汰になってしまう。鉄拳制裁と言えば故星野仙一監督の代名詞であるわけだが、しかしその星野監督でさえも時代に合わせて楽天時代は鉄拳を繰り出すことはしなかった。
星野監督のように時代に合わせた厳しさに変えていけるタイプと、伊原春樹監督のように時代に合わせられないタイプがいる。球団としては前者のように柔軟性を持つ厳しい指導者を育成するか、探してこなければならない。
そしてそれを期待されたのが平石洋介コーチであるため、平石コーチは松井監督の腹心として、松井監督にはできないこと、もしくは松井監督がすべきではないことを引き受けて行かなければならない。松井監督と共に「良い人コンビ」を組んでいるだけでは、渡辺久信GMが平石コーチが招聘して来た意味がないのだ。
繰り返し書いておくと良い人であることは良いことだ。しかし勝負の世界においては良い人は大事な場面で勝てないケースが多い。例えば野球界では「優しい人は投手としては通用しない」と言われているが、これはまさにその通りで、優しい性格だと打者の胸元を抉るようなボールを内角に投げることができない。その結果良いボールを持っていても打たれてしまうケースが多くなる。ライオンズで言えば小野寺力投手がその典型ではなかっただろうか。
逆に例えば森祇晶監督の現役時代はどうだったかと言うと、森捕手は首脳陣から投手の状態を聞かれても、ほとんど良い言葉を返すことがなかった。つまり投手に対するお世辞は一切使わないのだ。その結果首脳陣は投手の状態を正確に把握できるようになったわけだが、逆に投手陣からの森捕手の評判は悪かった。だが森捕手はジャイアンツV9時代の「頭脳」として今なお語り継がれている。
とにかく今のライオンズは首脳陣も選手も良い人だらけなのだ。そのためチーム全体が仲良しに見えて、チームの雰囲気も良いものだと評価されることが多い。だが裏返すとそれは厳しさがないということであり、その失われた厳しさによって、近年の弱体化したライオンズが作られてしまったと言うべきだろう。
渡辺GMとしても非常に辛い部分だとは思う。デーブ大久保コーチのように自らにも他人にも厳しさを貫ける野球人は、一部の温室育ちの選手との間に確執を生んでしまうこともあり、コンプライアンスを重視する西武球団としてはそのような人物を招聘することはもはや難しくなっている。
だが人柄の良さだけでコーチ人事をしてしまうと勝てる選手を育てられなくなり、まさに近年のライオンズのような状態になってしまう。だが筆者は平石コーチがその気になれば、ライオンズをガラッと変えられると今なお信じている。イーグルス、ホークスで培って来た経験値は非常に高く、監督経験さえ持っているコーチなのだ。
平石コーチにはイーグルスの監督時代のやり方を継承するのではなく、監督時代にどんなコーチが必要だったかを考え、自分自身がライオンズでそのような存在になっていってもらいたい。そうすれば今はなかなか勝ち切れないライオンズではあるが程よい緊張感が生まれ、気温の上昇の共にチーム状態もグングン上がっていくはずだ。