2021年2月 9日公開
今井達也投手の今季にかける思いは今まで以上に強いように感じられる。ライオンズファンの多くが知っているように、昨季から今井投手はダルビッシュ有投手のフォームを参考にして動作改良を行なってきた。昨季はそのフォームがまだ馴染まずに制球を乱してしまう場面も多かったわけだが、今季はそのような場面は大幅に減るのではないだろうか。
今井投手とダルビッシュ投手に接点はなかった。しかし昨年のオフ、今井投手は知人を介してSNSからダルビッシュ投手にコンタクトを取ったようだ。そしてフォームを参考にしているダルビッシュ投手から直接アドバイスをもらったと言う。どのようなアドバイスをもらったのかは筆者には分からない。少なくともメディアで伝えられていることがすべてではないことだけは確かだろう。
今井投手も今季は高卒6年目のシーズンで24歳となる。年数と年齢を見るならば、そろそろ開幕投手争いに加われるレベルになっていなければならない。ちなみに涌井秀章投手は高卒4年目で初の開幕投手となりその後5年連続、松坂大輔投手に関しては高卒2年目で初の開幕投手となり、その後6年連続で開幕戦に投げている。大卒の西口文也投手は3年目から3年連続で開幕投手を務め、この3年間は開幕戦の自責点を0で並べている。
今井投手が今後エースの系譜を辿っていくのならば、そろそろ開幕投手を任されるレベルになり、その役目を数年間守り続けられるレベルにまで進化していく必要がある。そしてそのために今井投手自身が必要だと痛感したのがフォーム改善だったのだろう。
プロ入り直後の今井投手は、スリークォーター気味のオーバーハンドスローで投げていた。ハムストリングスのバネを目一杯使った大谷翔平投手と似たタイプのメカニクスで投げていた。だが2019年頃から腕の振りが少しずつコンパクトになっていき、2020年はロースリークォーターと言っても良いくらいの角度で投げるようになっている。
プロ入り後に球速がアップしたのはこのように腕を少しずつ下ろしてきたことも影響しているはずだ。スピードガン的な球速に関しては、ロースリークォーターやサイドハンドスローが一番数値を出すことができる。
だがコンパクトになってきた腕の振りとアンバランスだったのが下半身の動作の暴れ具合だった。滅茶滅茶、というわけではもちろんないのだが、土台よりも先に上半身の動作改善をしたからだろうか、投球フォームで上下のバランスや、キネティックチェーンが上手く繋がっていないようなフォームになっていた。
そのフォームのばらつきによって制球を大きく乱していたのが昨季だったのだろう。四球で自滅してしまうパターンが少なくなかった。だが今季に関しては、上手くいっていなかった上下のバランスが良くなっているように見える。そして筋肉を増やすことによって、より速いボールを投げられる衝撃に耐えられるスタビリティを得られたようにも見える。
今井投手の最速はフェニックスリーグでは157km、1軍では155kmとなっているようだが、体の使い方の巧みさからこの球速を出すことができていたが、この球速に耐えられる土台がまだできていなかった。その土台が今季はある程度作れてきているように筆者の目には映っている。ただ、もちろんまだ本格的な今季のピッチングを見たわけではないので正確なことは言えない。
今井投手自身のコメントでは、昨季までよりも抑えた筋出力によって、昨季までと同じ球速を出せているのが今季ここまでの状態であるようだ。これは非常に良い傾向だと思う。
筆者も仕事で多くのプロアマ投手のパーソナルコーチングを行なっているのだが、球速アップを目指す選手に対して必ず伝えるのが、まず今よりも1〜2割力を抜いて、今と同じ球速を投げられるようにする、ということだ。球速アップを目指す際、この考え方を蔑ろにしてしまうと根本的なところでメカニクスが狂ってしまい、フォームを崩し、最速がアップしたとしても勝てる投手になれないケースが多くなる。
だが現段階の今井投手は球速を外付けしていくのではなく、根本的なメカニクスを見直すことによって球速をアップさせてきている。そのメカニクスの1つが上述した腕を振る高さであったり、あとはスピンさせる軸の角度ということになる。
さて、実は今井投手はひとつ注意しなければならない点がある。それは腕をコンパクトに振ることは、ダルビッシュ投手よりも今井投手の方がやや難しくなる、という点だ。これも昨季の制球のばらつきに影響していたはずだ。
身長に対する腕の長さの割合が、ダルビッシュ投手よりも今井投手の方が長い。専門的に言うとこれはスケール効果が大きくなることを意味し、今井投手はダルビッシュ投手のフォームを模倣することはできるわけだが、まったく同じメカニクスで投げることはできない、ということだ。
つまり今井投手がダルビッシュ投手のフォームを上手く取り入れていくためには、ただ真似をするだけではいけないということで、それを生かすためには今井投手自身が、ダルビッシュ投手のフォームに自分自身の体型に合わせたアジャストをしていく必要がある。そして恐らくだが、そのアジャストに対する試行錯誤を繰り返していたのが昨年だったのではないだろうか。
そして今季はダルビッシュ投手本人から助言をもらったこともあり、今井投手自身悩みを吹っ切ることができたのではないだろうか。投球理論に関しては、当然経験の差からダルビッシュ投手の方が圧倒的に多くのものを持っている。その引き出しからヒントをもらったことにより、今季は今井投手もきっと何かを掴むことができたのだと思う。
昨季までの今井投手は、どこか結果だけを追い求めているような印象があったのだが、今季はプロセスを重視しているようにも見える。結果ばかりを求めても、プロセスが上手くいかなければ良い結果も伴わない。だがプロセスがしっかりしていれば、結果は自ずと付いてくる。
もちろん開幕してみなければどうなるかは分からないわけだが、今季の今井投手は今のところの姿を見る限りでは、最多勝争いに加わってくるような活躍を見せてくれるのではないだろうか。そして今季こそは覚醒してくれるのだろうという筆者の願いは、今まさに揺るぎないものとなってきている。