2024年6月27日公開
さて、今日はライオンズ打線がなぜここまで打てないのかをスポーツ心理学という観点から書き進めてみたいと思う。ちなみに現在ライオンズにはメンタルトレーナーの存在がないわけだが、今ライオンズに最も必要な存在こそがメンタルトレーナーだと言える。
以前も少し書いた通り、メジャー球団やメジャーのエージェントが持っているサポートチームには必ずメンタルトレーナーが在籍している。ライオンズにもかつて、前回の渡辺久信監督時代に鋒山丕さんというメンタルトレーナーが専属で在籍されていたのだが、しかし近年のライオンズはメンタルトレーナーの不在が続いている。
野球とゴルフという
練習で身につけたことを本番で発揮するために必要なのは「冷静さ」や「平常心」と呼ばれるものなのだが、これをテンションの高低で未だに判断されがちなのが日本球界だ。テンションが低い選手が冷静だと見られることが多いのだが、これは誤りだ。テンションが高かろうが低かろうが、今自分が置かれている状況を的確に把握し、次に何が起こりうるかを複数予測してそれに備えられている状態を、スポーツ心理学では「冷静」だと判断する。これさえできていれば、かつてホークスで活躍した松田選手のように元気いっぱいでハイテンションでも構わないわけだ。
水上由伸投手は自らスポーツ心理学を学んでいる数少ない選手の一人だ。一方今井達也投手は自らのSNSでメンタルトレーニングを否定するような発言をしている。メンタルが鍛えられていて常に平常心でプレーできる選手は、試合でも安定的にベストパフォーマンスを発揮することができ、逆に鍛えられていないと好不調の波が大きくなったり、なぜか本番になると実力を発揮できない選手になってしまう。
ちなみに水上投手のパフォーマンスが安定しないのは、恐らくは独学だけではスポーツ心理学をマスターすることが難しいか、もしくはコンディショニングが上手くいっていないかのどちらかだろう。ライオンズには現在16人ほどのトレーナーが在籍しているのに対し、PT(フィジカルセラピスト/理学療法士)は僅かに4人しかいない。S&C(ストレングス&コンディショニング)コーチは7人いるのだが、しかし理学療法士は国家資格であり、トレーナーレベル以上でコンディショニングを見ていくことができる。
実はかつて工藤公康氏はライオンズの監督就任を打診されたわけだが、工藤氏のPT増員要望に対し西武球団が難色を示したことで、最終的にはその要件を飲んだソフトバンク球団の監督に就任したと言われている。PTというのはリハビリを指導することもでき、かなり高いレベルで選手の体の状態を把握することができる。だがライオンズにはそのPTが4人しかおらず、そのためまだ安定して一軍にはいられていない水上投手などは、登板数が多くなっても優先的にコンディショニングをPTに見てもらうことができないのだろう。ちなみに工藤氏は目に見えて故障者を減らすためには7〜8人のPTが必要だと考えていたようだ。
話が少し逸れてしまったが、とにかくライオンズにはPTの人数が十分ではないだけではなく、メンタルトレーナーが0人なのだ。これは問題だ。西武球団はニューヨークメッツと業務提携を結び、メジャーの手法を取り入れようとしていた時期もあったわけだが、本当に重要な部分に関しては倣うことはできなかったようだ。ちなみにコロナ禍以降はメッツとの業務提携は頓挫しているものと見られる。
メンタルトレーナーの役割は選手に平常心でグラウンドに立たせることだけではなく、目標設定のサポートや、モチベーションを高めること、マルチタスキングでプレーしている選手をシングルタスキングでプレーさせることなどの役割を担う。これはプロスポーツ選手だけではなく一般社会でも同様だと思うが、やはり目標がなかったり、適切な目標を持てていない人はなかなか上に行くことはできない。
ちなみに筆者がメンタルトレーニングにおいて目標設定の指導する際は、地図に例えて話すことがある。例えばまったく知らない場所に旅行に行く際、適切な地図(最近ではスマホの地図など)と明確な目的地があれば、道に迷うことなくそこに辿り着くことができる。
しかし間違った地図、例えば国内旅行をしたいのに世界地図しか持っていなかったり、東京観光をしたいのに大阪の地図しか持っていなかったりすると、どの道を通ればいいかも分からないし、正しい電車、正しい飛行機に乗ることさえも難しくなり、いくら頑張って歩いても目的地にはなかなか辿り着くことができない。運良く辿り着けたとしても必要以上に時間もお金もかかってしまうだろう。
野球でも同じなのだ。例えば極端な話、育成選手が今季の目標を「沢村賞」と設定したとしたら、これは目標としては適切ではなく、世界地図を持って所沢観光をするようなものだ。確かに世界地図には日本も描かれているわけだが、世界地図で所沢の道や西武線のルートを知ることはできない。
目標作りに関して簡単に書いておくと、1.頑張れば達成できるレベルであること、2.期限を設けること、3.逆算して目標を作ること、4.自らの立場や役割を明確にすること、5.自分が目標を達成することで誰にどのような影響を与えられるか、などを踏まえて考えていく必要がある。筆者が指導する際はもっと細かく見ていくわけだが、ここではとりあえず簡潔に記しておきたい。
今のライオンズ打線を見ていると、自分たちができないことをやろうとしているように見えることが多々ある。例えば分かりやすく言うと、走者が一塁にいる状況で打席に立った際に、自分がその走者を生還させようとしている打者が多いように見えるのだ。これが例えばアレックス・カブレラ選手であれば1本のホームランで2点取ることができるだろうし、中島裕之選手であれば右中間を深々と破ってタイムリーツーベースを打つことも可能だろう。
だが今のライオンズ打線にはかつてのカブレラ選手レベル、中島選手レベルの打者はいない。もちろん栗山巧選手と中村剛也選手はかつてはそのレベルの選手ではあったが、しかし40代になったこのふたりにそれを求めることはあまりにも酷だ。
今のライオンズの若い世代の打者のバッティングスキルはまったく高くない。それがチーム打率1割台目前という状況にも繋がっているわけだが、バッティングスキルが低い選手が、時々カブレラ選手や中島選手のようなことをしようとしているように見えるのだ。だが走者一塁で彼らがやらなければならないことはそこから走者を生還させることではなく、走者を一つでも先の塁に進めて次の打者に繋げることだ。
二死じゃなければセカンド方向に叩きつけて、自分はアウトになっても走者を二塁に進めるバッティングをしてくれればそれで十分なのだ。しかしこの状況で今のライオンズの若手打者たちは無理に引っ張って長打を打とうとしたり、当てに行くだけで弱々しいゴロを打って併殺にしてしまったり、逆に無茶振りしてミスショットを繰り返すことが多い。
以前中村剛也選手とお話をした際、8割の力で振った時が一番ホームランになると仰っていた。これは科学的にもまさにその通りで、フルパワーで振ってしまうとバットスウィングがピッチング(スウィングプレーンが波打つこと)してしまい、その乱れた波動がボールに伝わることで、大きな打球もすべてフェンス手前で失速してしまうようになる。しかし8割の力で振ればスウィングがピッチングしなくなるため打球もよく伸びるようになるのだ。
どうしても力が入りやすい実際の打席で、中村選手のように8割の力で振っていけるようにする能力もやはり、メンタルトレーニングによって培うことができる。「そんなことバッティング練習をしっかりやっていれば自然と身に付く」と考える選手もいるが、そう言う選手に限って好不調の波が大きい。
そしてスポーツ心理学的に、アスリートが絶対にやってはいけない物の考え方があるのだ。それは「〜しなければならない」「〜してはならない」と考えてプレーすることだ。こう考えてしまうことにより無意識のうちに体が力んでしまい、いつも通りのプレーができなくなってしまうのだ。これはもう科学的にも臨床でしっかり証明されていることであり、スポーツ心理学においては疑いようのない事実なのだ。
しかしライオンズの選手たちのコメントを聞いていると、「自分が打たなければならない」、「1点も取られてはならない」という言葉をよく耳にする。このようなコメントをしている段階で、専門家から見るとライオンズの選手がメンタル面でまったく鍛えられていないということがハッキリと分かるのだ。
例えば一打同点の場面で「ここで自分が打たなきゃいけない」と考えてしまうと上述の通り無意識のうちにどうしても力んでしまい、スウィングプレーンがピッチングし、結果的に良い打球を打てなくなってしまう。ではどう考えればいいのかと言うと、「この場面でヒットを打てたら絶対にヒーローインタビューに呼んでもらえるな。そしたらマイクを持ってキモティー!って叫んでやろう」と考えると良いのだ。
要するに目先の結果を心配するのではなく、活躍できた先でどうなるかを考えるべきなのだ。目先の結果とはつまり、その打席でのヒット、そのイニングでの好投ということになる。だが野球の場合、結果は相手次第なのだ。例えば自分が投げられる最高のボールを最高のコースに投げたとしてもホームランを打たれてしまうことはあるし、最高のスウィングをしたとしても相手投手の球威に押されてしまうこともある。
そしてもう一つ重要なのは、目先の結果よりもプロセスを大事にすることだ。上述のような状況になっても、ホームランを打たれたとしても悔いの残らないボールを投げよう、とか、セカンドライナーでアウトになったけどコースに逆らわない良いバッティングができた、というように考えることが大切なのだ。だが今のライオンズの打者たちはいつも目先の結果ばかりを追い求めてしまっている。そのためどうしても打席で力みが見えたり、逆にコンサバ的に後手後手になっているように見えることが非常に多い。
そしてそれはつまり、平常心でプレーできていないことを意味している。ライオンズの打者たちは「自分が決めてやろう」と考えるのではなく、「自分ができること」をやろうとすべきなのだ。打率も得点圏打率も1割台なのに、走者がいる場面でタイムリーヒットを狙うのではなく、進塁打を打ったり、自らの判断でセーフティバントやドラッグバントをしてくれれば良いのだ。
例えば四球で一人走者が出て、盗塁で二塁に進み、次の打者が進塁打を打って一死三塁になれば、必ずしもヒットを打たなくても良いのだ。叩きつけるバッティングをしてゴロを打てば、三塁走者が楽々ホームインすることができるのだから。しかし今ライオンズの打者がこの場面でやっているのは、三塁走者が還れないようなゴロを打つことだ。この場面で球足が速いゴロを打っても当然三塁走者は生還することはできない。
今のライオンズ打線はまともにヒットを打てる打者がいないのだから、何もヒットを打とうとしなくても良いのだ。いや、もちろんヒットを打ってもらいたいというのが本音であるわけだが、しかし1本もヒットを打たなくても得点できるのが野球というスポーツであり、そのような野球を「スモールボール」と呼ぶ。
※ 日本ではスモールベースボールと呼ばれることも多い。
もしライオンズにメンタルトレーナーが在籍していれば、各選手が自分ができること以上のことをやろうとはせず、もっとできる範囲でできることをやろうとするだろう。例えばチーム全体でヒットを打てずに苦しんでいる状況であれば、自ずと考えはスモールボールへとシフトしていくはずなのだ。そしてスモールボールによって勝っていくことによって選手たちは自信を持てるようになり、その自身がさらなる平常心を打席で与えてくれ、ヒットを打てるようになるのだ。
しかし今のライオンズ打線は、叩きつけて高いバウンドのゴロが欲しい時に球足の速いゴロを打ち、走者なしで少しでも球足が速い打球が欲しい時にボテボテのゴロを打っている。このように結果が完全にチグハグになってしまっているのだ。
例えばメンタルトレーナーがいないのであれば、打撃コーチが次の打者に「ヒットを打てなくても良いんだよ。この場面は叩きつけるようなゴロを打って走者を次の塁に進めてくれればそれで十分だからね」と耳打ちすれば、選手も「なーんだ、そんなゴロなら俺にも簡単に打てそうだ」と気を楽にして打席に立つことができる。そして気を楽にして打席に立った結果ヒットになるケースも増えていく。
ちなみに黄金時代を作り上げた広岡達朗監督は、「ここでヒットを打たなくても進塁打を打ってくれれば、年俸査定で+何点になるからな」と耳打ちして打者を打席に送り出していたと言う。このようにその先で起こることをハッキリ明示してあげるというのもスポーツ心理学では非常に重要なことであり、当時の広岡監督はまさにスポーツ心理学に則ったやり方で選手を上手く操縦していたのだ。
今のライオンズ打線に必要なのは、「ヒットを打たなくても良い」という割り切った考えを持つことだ。もちろんヒットを打つに越したことはないわけだが、今はヒットを打てていないのだから無理にヒットを狙いにいっても力みが生じ、平常心を失ってしまうばかりになる。そしてそのような結果のことを我々専門家は「空回り」と呼んでいる。
今のライオンズ打線は完全に空回りしているため、それに終止符を打つためにも球団専属のメンタルトレーナーと早急に契約を結ぶべきなのである。特にトレードで出されてしまった若林楽人選手などは「自分が決めてやろう」という気持ちが強すぎる選手であるため、それが空回りに繋がってしまっていた。若林選手のような本来高い能力を持った選手を活躍させるためにも、やはりライオンズには絶対的にメンタルトレーナーが必要なのである。