2022年10月28日公開
涌井秀章投手、岸孝之投手、菊池雄星投手らエース格の投手たちが次々とライオンズを去り、長年整備できていなかった投手陣が今季はようやく安定感を見せ始めてきた。しかもシーズンの大半で今井達也投手を怪我で欠くという状況においても、チーム防御率はリーグトップをマークすることができた。
メジャーリーグの場合は、FAで主力を失ってもすぐにFAで他の選手を補強するケースがほとんどとなる。メジャーリーグではより良い条件を求めて、まるで会社員が転職をしながらステップアップしていくかのように移籍をしていく。そのためメジャーリーグでは栗山巧選手や中村剛也選手のようなフランチャイズプレイヤー(長年1球団でのみプレーし続ける選手)は非常にレアな存在だ。
NPBにおいてもソフトバンク、楽天、巨人のように資金力が潤沢な球団であれば、FAで選手を失っても他の球団からFAで別の選手を獲得したり、高額年俸を要する外国人選手でその穴埋めをすることができる。だが西武球団にはそのようなことをする経営体力はない。
と言っても身売りが必要な次元の話ではない。後藤オーナーも常々ライオンズは西武グループの象徴であると言い続けており、身売りを匂わす発言をしたことは過去一度もない。もしみずほ銀行から出向してきた代行オーナーが後藤高志氏でなければ、もしかしたらサーベラスと揉めていた時期にライオンズは身売りさせられていたかもしれない。だが絶対にそうならないように、後藤オーナーは身を呈してライオンズを守ってくれた。
その甲斐もあり、FAで次々と主力選手を失いながらも渡辺久信GMが球団の体質を短期間で変えることに成功し、近年はFAで主力を失うケースはほとんどなくなった。もちろん今後もFA流出を0で続けることは容易ではないが、しかし渡辺久信GMの手腕により、FA流出の数は最小限で抑えられるだろう。
実際にプレーをする選手の側からすると、主力選手がどんどん抜けていけばそれだけ優勝できる確率も下がっていき、そのような球団には魅力を感じなくなり、FA流出が連鎖的に発生してしまうことがある。まさにそれが渡辺久信GMがGMに就任する前までの西武球団の体質だった。
涌井秀章投手にしても、もし当時の伊原春樹新監督がこのエースを挑発するようなことを言っていなければ、ライオンズに残留していた可能性は高かった。そして涌井投手が残留していれば、岸投手だって地元愛よりもライオンズ愛を優先させた可能性もある。菊池雄星投手や牧田和久投手に関してはメジャー移籍であるためFA流出とはやや違った話になるわけだが、それでも重要なのはメジャーで実力を試したのち、ライオンズに戻って来たいと思ってもらえるかどうかだ。
前田康介氏、鈴木葉留彦氏が球団本部長(実質的なGMのような立場)だった頃は、契約更改で選手と揉めることは日常茶飯事だった。そして一時はFA残留を認めないという方針を示していたこともあり、FA移籍する選手に対してのフロント側の態度は本当に冷めたものだった。FA宣言した時点でライオンズの残留の可能性を自動的に奪われていたのだから、この方針が如何に選手の権利を侵害していたのかがよく分かる。近年まで、ライオンズとはそのような球団だったのだ。
だが渡辺久信監督が勇退後にシニアディレクターに就任し、GM修行をし始めると、チームの体質は少しずつ変わっていった。FA宣言後の残留も、当然のことではあるが認められるようになり、複数年契約も公に行われるようになった。複数年契約に関しては大物選手には適用されていたのだが、FAで言うところのBランク以下の選手に対しては、公に複数年契約を行うことはなかった。これも渡辺久信GMの功績だと言えるだろう。
もし渡辺久信GMが西武球団の体質改善を行っていなければ、近年FA宣言後に複数年契約を結んだ選手たちの大半はライオンズを去っていたかもしれない。だが渡辺久信GMが西武球団を、選手がより良い環境でプレーできるように体質改善してくれたことにより、生涯ライオンズを宣言する選手が続出するようになった。
企業というのは投資を怠れば衰退の一途を辿るしかない。例えば西武球団は近年、ベルーナドームの大改修をしたり、若獅子寮や屋内練習場を立て替えたりと、次々と大型投資を繰り出してきた。だがそれ以前の大型投資となると、松坂大輔投手のポスティング移籍時に得た移籍金60億円を得た時だった。ただし60億円と言っても、税金を差し引かれることにより実際に球団が使える金額は30数億円だったはずだ。
つまりかつての西武球団は、もしも松坂大輔投手のポスティング移籍がなければ大規模改修を行っていたかどうかは分からない、という状態にあった。90年代終盤には西武球場をドーム化する大規模改修を行っているが、この改修は未だに成功だったとは筆者には思えない。なぜなら春先はあまりにも寒く、夏場はあまりにも暑くなってしまうからだ。これはドーム球場と呼べる代物ではなく、屋外球場に傘を差しただけのものだ。。
実はこの改修時も完全ドーム化する案や、お台場に新球場を建設する案、さらにはその数年後には札幌ドームを第二フランチャイズ化する案もあった。ファイターズが札幌に移転する前は、実は札幌ドームではライオンズの主催試合が毎年行われていたのだ。その縁もあっての案だったわけだが、しかし突然ファイターズが札幌移転することになり、この案はお蔵入りしてしまった。
そして完全ドーム化する案に関しては、費用面で実現しなかった。また、完全ドーム化してしまうと自治体に対する西武球場の存在が屋外型施設ではなく、屋内商業施設というような立ち位置に変わってしまうため、自治体への登録変更の困難さも相まって、完全ドーム化させることを断念せざるを得なかった。
ちなみに2010年オフまでは、ドーム化以前に使われていた照明塔がまだ立っていたのだが、ドーム化して以来10年以上も撤去せずにいた理由は、撤去するよりも残しておいた方が費用が安くて済むからだった。
とにかく西武球団は堤義明前オーナーによる粉飾決済事件以降、経営体力は大幅に低下していった。そのため本来すべきこともなかなかできなかったという事情もあったわけだが、後藤オーナーや歴代球団社長たちの経営努力により、少しずつだが西武球団も経営体力を持ち直して行った。。
西武球団はもちろんまだまだ完璧な球団ではない。ホークスのように次々と大型補強を行える経営体力もない。だがその分育成能力やスカウティング能力は他球団を凌ぎ、生え抜き選手が1軍で活躍していくケースが非常に多い。活躍できなければすぐに切られてしまう一部の他球団とは異なり、アマチュア野球関係者も今は西武球団であれば安心して選手を送り出せるという印象を持ってくれている。
ソフトバンク球団は綿密な補強によって常勝時代を作り上げてきた。そして西武球団は今、育成力によって新たな常勝時代を築き上げようとしている。もちろんソフトバンクも育成にはどの球団よりも力を入れているわけだが、資金力で勝てない西武球団は、ソフトバンク以上の育成力とスカウティング力を持っていなければ太刀打ちすることはできない。
西武球団はソフトバンク球団のように3軍や4軍を充実させることはできないが、しかしその代わりに来季2023年は、ファームの投手コーチ4人制というシフトを敷いてきた。しかもファームを率いるのは西口文也監督であるため、実質的に投手コーチ5人態勢という形となる。
このようなチーム作りを見ていると、渡辺久信GMが如何に投手力の底上げを目指しているかがよく分かる。松井稼頭央新監督にしても「まずはディフェンス」という言葉を使っているため、今季リーグトップだった投手力をさらに底上げしていくことを目指しているのだろう。
このような西武球団の手法は、FA補強に比べると即効性はないわけだが、長期的に戦力の安定化を図ることができる。前田康介氏や鈴木葉留彦氏は常に場当たり的な球団運営を行なっていたが、渡辺久信GMには長期的展望がある。これは前任者たちとはまったく異なるもので、プロ野球チームという業種の企業の成長においても、このような長期的展望なくしては成り立たない。
渡辺久信GMは目崎の補強だけではなく、常に中長期的な視野も持ちながらライオンズを作り替えようとしている。それが上手く行き始めている現状を鑑みると、渡辺久信監督勇退時に、後藤オーナーがシニアディレクター職に就かせたことは本当に正しかったと思えるし、後藤オーナーの千里眼も伊達ではなかったとつくづく思えてくる。
西武球団とライオンズは年々良くなっている。だが渡辺久信監督時代の2008年以来日本一を達成していない。前任者の球団本部長たちの失策や、8年前にチームを空中分解させてしまった監督のツケもようやく片付き出し、いよいよライオンズにもチームとしての安定感が見えてきた。となるとあとは本当に、再びチャンピオンフラッグをベルーナドームに持ち帰ることだけが唯一の目的として残るのみだ。
バファローズとスワローズは本当に素晴らしい日本シリーズを展開しているが、しかし我々が見たいのはベルーナドームで開催される日本シリーズだ。パ・リーグは6球団しかないのに、それをもう14年も見ていないなんて本当に寂しい。
だが一年後こそはベルーナドームで日本シリーズを観戦できるはずだ。しかしそのために渡辺久信GMに課される課題はまだまだ多い。まずは森友哉捕手を残留させ、確実に打ってくれる外国人選手を連れて来なければならない。大変な業務ではあるが、渡辺久信GMには健康に気をつけながらこれからも西武球団とライオンズの強化に尽力していってくれれば、我々ファンも一年後にはきっと美酒を味わえているはずだ。