2022年10月29日公開
今季ライオンズの投手陣はリーグトップのチーム防御率を誇った。チーム防御率は3点少々でもなかなか立派だったと思えるわけだが、それが2.75というさらに素晴らしい数字だった。12球団で見ると阪神タイガースの2.67に次ぐ素晴らしいチーム防御率だった。
昨季2021年のチーム防御率は3.94で、これはパ・リーグではダントツの最下位という数字だった。自責点は548点で、これはホークスよりも95点多く、これだけ点を失えば最下位という順位も不思議ではなかった。だが今季はこの自責点が昨季よりも159点少ない389点で、自責点が300点台だったのはパ・リーグではライオンズだけだった。
普通に考えればこれだけ投手陣が安定していればもう少し優勝争いに絡むか、実際に優勝していても可笑しくないわけだが、ではなぜライオンズは2022年はこれだけの投手力を誇っても混パを抜け出せず、優勝することができなかったのか?もちろんチーム打率がリーグ最下位だったことも影響しているかもしれないが、しかしこれはそれほど大きな理由にはならない。なぜなら優勝したバファローズのチーム打点は466点で、ライオンズは441点と、25点しか差がなかったからだ。
バファローズの自責点はライオンズより15点多かったため、差し引くとこの打点の差はほとんど影響しなかったと考えることができる。では一体何が影響していたのかと言えば、筆者はそれは失策数だったと考えている。今季ライオンズの失策数は86個とファイターズと並んでダントツのリーグ最下位だった。失策数リーグ4位のバファローズよりも11個も多く、リーグトップのイーグルスよりも37個も多い失策数だった。
さて、ここでもう一度自責点の話に戻るとライオンズは389だった。しかしここに失策で失った点を含めると合計の失点数は448となり、守備の乱れで失った点が59点(暴投も含む)もあったということになる。それでも失点数はリーグ最少となるわけだが、しかし得点数が最下位ファイターズと1点しか違わない464点だったことを考えると、失策により失ったこの59点が致命傷になったと考えるのは正論だと思う。
ではなぜライオンズはこれだけ失策により点を失ってしまったのだろうか。その理由は単純だ。打順や守備位置を固定できなかったことが何よりも大きい。源田壮亮主将と外崎修汰選手の二人は安定した守備力を持つだけではなく、固定して二遊間で起用され続けた。そのためこの二遊間コンビに関してのみは圧倒的な守備力を誇り、126個完成させたライオンズの併殺数はリーグトップだった。
やはりレギュラーはある程度固定させるべきだと思う。そうすれば各ポジションのレギュラーが試合を重ねる度に守備でも腕を上げていくことができる。だが今季のライオンズは外野全ポジションとサードのレギュラーを固定することができなかった。源田主将は遊撃手として108試合、外崎選手は二塁手として131試合で守備に就いている。だが三塁手としては中村剛也選手の54試合が最多だった。一塁手を見ても山川穂高選手の89試合が最多で、この数字は山川穂高が怪我に弱かったことを表している。本来主力で背番号3を背負う選手であるならば、全試合で一塁の守備に就かなければならなかった。
外野手としては愛斗選手が120試合、オグレディ選手が123試合で守備に就いているが、彼らは外野手として固定されていたわけではなく、内野やDHとしての起用も多かったことから、外野の守備に就いたイニング数で見るとレギュラークラスと比較するとかなり少ない。例えばイーグルスの外野手である辰巳選手は119試合で外野の守備に就き刺殺数(外野フライを捕球してアウトにした数)は308だった。一方愛斗選手は辰巳選手よりも1試合多く外野守備に就いているが刺殺数は213と非常に少ない。
このように打順を固定できないということは、守備力の強化にも響いてきてしまう。レギュラーとして固定できないから各ポジションでのスペシャリストがなかなか育たない。例えばこれが黄金時代のライオンズではほとんどすべての野手がスペシャリストだった。
伊東勤捕手、清原和博一塁手、辻発彦二塁手、石毛宏典三塁手、田辺徳雄遊撃手、秋山幸二外野手、平野謙外野手。彼ら全員が名手で、全員がゴールデングラブ賞クラスの守備力を誇っていた。この頃唯一変動制を取っていたのは左翼手くらいだろう。レフトに関しては吉竹選手や安部選手らが流動的に起用されていた。だが他のポジションに関してはほとんど完全に固定されていたため、どのポジションのどの選手を見ても守備力はまさに一流揃いだった。
だが現在のライオンズで守備で一流と呼べるのは二遊間コンビの二人だけではないだろうか。そしてこの守備力の低さは辻政権の6年間でほとんど改善されることはなかった。むしろ秋山翔吾選手や浅村栄斗選手が抜けたことにより、守備力は低下の一途を辿ってしまった。そして今この状況を打破しようとしているのが松井稼頭央監督というわけだ。
松井稼頭央監督は一部のレギュラーではない選手にはユーティリティー性を求めているが、レギュラークラスの選手には専任ポジションでの守備力のさらなる向上を求めている。松井稼頭央監督は最初から打ち勝つことは念頭には置いていない。監督就任後のコメントを聞いているとディフェンス面の強化を何よりも重視していることがよく分かり、それはやはり上述したように、投手の自責にならない失点がかなり多く、それが今季の敗因となったと松井稼頭央監督も考えたからだろう。
さて、ディフェンスという意味ではこれも上述の通り、2022年の投手陣は本当によく頑張ってくれたと思う。先発、リリーフ、抑えすべての投手たちが見事な働きを見せ続けてくれた。だが渡辺久信GMが凄いのが、リーグトップの投手陣となってもまったく安心していない姿を見せていることだ。
鉄は熱いうちに打てとはよく言うが、まさにそれを実践しているのが渡辺久信GMだ。今季はリーグトップの投手陣を抱えながらも、来季ファームの投手コーチは4人制を敷き、西口文也監督を含めればほぼ投手コーチ5人制という力の入れようだ。これはつまりファームの投手力をさらに底上げし、今季リーグトップだった1軍投手陣を下からさらに突き上げさせることを目指しているということだ。
並のGMや球団本部長であれば投手力がリーグトップになれば「次はオフェンス強化だ」と切り替えがちだ。だが渡辺久信GMはドラフトでは最大の補強ポイントである外野手を1位・2位で指名しながらも、投手力をさらに強化しようと試みている。非常にバランスが良く、広い視野を持ったGMであると称えるべきだろう。
確かに一部では日本一どころか日本シリーズにも進めていないことで、渡辺久信GMの能力を疑問視しているファンも多いと聞く。しかし筆者はまったくそのようには考えていない。FA補強や大型補強をできない中で、中長期的視野を持って着実にライオンズを強化していっていると思う。そしてそれは後藤高志オーナーも信頼しているところだ。
ではなぜ渡辺久信GMが現在の投手陣に満足することができないかと言えば、それはやはり絶対的エースの存在がないためだと言える。ライオンズには涌井秀章投手以来、絶対的エースの存在がない。絶対的エースとはつまり、表ローテの一番手をシーズンを通して務めながらも最多勝を狙える投手のことだ。
表ローテの一番手というのは、常に相手チームのエースとの対戦が強いられる。そこで最多勝争いに加わることができるくらい勝っていける投手のことを絶対的エースと呼ぶわけだが、涌井投手を失った2014年以降、ライオンズにはもう8年間もそのような投手が現れていない。
岸孝之投手もエース対決で勝ち切れるほどではなく、菊池雄星投手に関して言えばホークスにまったく勝てないまま海を渡ってしまった。そして現在のエースである髙橋光成投手も今季は12勝とリーグ2位の勝ち星だったとは言え、貯金数を見ると髙橋投手は4、山本由伸投手は10、千賀滉大投手は5と、上位2チームのエースよりも下回ってしまった。エースのこの貯金数は、エース対決でどれだけ勝てたかを表している。
渡辺久信GMがさらなる投手力の強化に手を抜けないのは、このような絶対的エースの不在にも所以している。ただ、筆者の正直な感想を書くならば、高橋光成投手が絶対的エースになるのは現時点では難しいように感じる。その理由はキラーボールとなるようなウィニングショットを持っていないためだ。ストレートも変化球も平均値は上回るのだが、S級とは言えない。
例えば松坂大輔投手のスライダー、西口文也投手のヴァーティカルスライダー(縦スラ)、潮崎哲也投手のシンカー、涌井秀章投手のスモーキーなフォームは常に相手打者の脅威となっていた。
※ スモーキーとはボールの出どころが打者から見にくいという野球用語
髙橋光成投手はストレートにはある程度の力があるし、変化球だってまずまずだ。だが打者の脅威となるものがまだない。例えば山本由伸投手のように、マウンドに登ると相手打線が弱気になるようなオーラもまだ出せてはいない。調子が良ければある程度勝てるのだが、それは圧倒的な強さとは言えない。言わば現時点での髙橋光成投手はかつての岸孝之投手クラスでとどまっているということになり、キラーボールを持たない脆さが現時点ではエース対決で勝ち切れない要因となっている。
今ライオンズで絶対的エースになれる可能性が最も高いのは筆者は今井達也投手だと考えている。今井投手はまさに上杉達也投手ばりにまだ制球力は不安定であるわけだが、しかしまるで上杉達也投手のようにストレートがウィニングショットとして十分通用する。今井投手のストレートは時としてまったく手がつけられないほどになる。
今井投手が今後、近年大きくなった体をさらに怪我をしにくい体にしていくことができれば、現状では最も絶対的エースに近い存在であると筆者は考えている。
だが今井投手には大きく欠けてしまっている弱点がある。それはメンタリティの弱さだ。いや、弱いと書くと語弊があるわけだが、メンタルの不安定感がダイレクトに成績に反映されてしまっている。メンタルの安定感とは、どんな状況であっても平常心で投げ続けられるメンタルマネジメントスキルのことだ。
涌井投手にはまさにそれがあり、涌井投手はどんな状況であってもポーカーフェイスで常に自分ができることをやろうとし続けた。余程じゃない限りは、涌井投手は決して能力以上のパフォーマンスを見せようとすることはなかった。だが今井投手は調子が悪い時は力任せになるし、調子が良い時はそれを安定化させるよりも、性急にさらに上を求めようとしてしまう。
もちろん上を目指すことは良いことなのだが、しかしそれはシーズンオフにやるべきことであり、シーズン中はオフに身につけて把握した能力を安定的に出力していくことが重要になる。だが今井投手はシーズン中にその出力を余分に上げようとしてしまう癖があり、そこから自滅してしまうパターンが頻繁に見られる。
ちなみに今井投手自身メンタル強化に関する理論を否定するようなコメントを残している。「メンタルなんて結局はどれだけ練習したかで決まる」という趣旨のコメントを今季のCS直前あたりに残しているのだが、これは大きな誤りだ。フィジカルの練習量とメンタルスキルは科学的にはまったくの別物となる。
渡辺久信監督がチームを率いていた頃は、ライオンズにも鋒山丕さんというメンタルトレーナーが在籍していた。筆者も幾度か鋒山さんと言葉を交わしたことがあるのだが、今井投手が絶対的エースになるために今最も欠けているのがメンタルの安定感であるだけに、今こそライオンズにはメンタルトレーナーの存在が不可欠だと筆者は考えている。
ではメンタルトレーナーは本当に必要なのだろうか?これを考えた時に参考になるのがメジャーリーグだ。メジャーリーガーたちは屈強なメンタルを有している選手たちばかりだ。その理由は単純で、メジャーリーグ全球団にも、メジャーリーガーをクライアントに持つエージェンシーにも、必ずメンタルコンサルタントが在籍しているのだ。メジャーリーグでは、これほどまでにメンタル強化に力を入れている。
かつて名捕手のヨギ・ベラはこう言った。「野球は90%がメンタルで、残りの半分がフィジカルだ」ー。このアフォリズムは今なおメジャーリーグでは語り継がれている名言だ。それくらい野球はメンタルが影響する競技であるのだが、日本のプロ野球ではこのメンタルがまだほとんど科学的に強化されていない。
もし今井投手がメンタルを強化して、ベストパフォーマンスを安定的に発揮できるメンタルスキルが身に付けば、師と仰ぐダルビッシュ有投手のような絶対的エースに進化することができるだろう。だがそのメンタルスキルを否定してしまっている現状では、今井投手がダルビッシュ投手のレベルに近付ける日はまだそれほど近くはないと言わざるを得ない。
だが持っているボールがS級であるだけに、メンタルマネジメントを行えるようになれば、今井投手は来季にも早々に絶対的エースに進化することは可能なはずだ。
そして今井投手がそのように頭ひとつふたつリードするようになれば、高橋光成投手や松本航投手にとっては大きな刺激剤となり、彼らもまた一段二段とレベルアップして行くだろう。そうなればかつての西口・松坂コンビ、工藤・渡辺コンビのように、絶対的エース二人が二枚看板となって先発投手陣の安定感をさらに飛躍させていくはずだ。
まずは一人絶対的エースを生み出すことが重要なわけだが、しかしそこには留まらず、その一人目を刺激として二人目を生み出していくのが渡辺久信GMや、現首脳陣の役割となる。
そしてそこを目指しているからこそ、来季のファームは西口文也監督に加え、4人の投手コーチで投手陣を育成するシフトを渡辺久信GMは敷いてきた。現在三本柱と呼ばれている髙橋投手、松本投手、今井投手らも、今の成績のままではすぐにでも下からの突き上げを受けるようになるだろう。だがその突き上げを受けることにより、この若き三本柱をさらに強固なものにしていけると思う。
渡辺久信GMのチーム作りは、意図がよく伝わってきて見ていて本当に面白さを感じる。そしてその意図も年々さらに明確になってきていて、チーム作りがある程度は順調に進んでいることがファン目線でもよく分かる。
来季に関しては渡辺久信GMと松井稼頭央監督の間ではディフェンス面の強化が最重要課題としてすでに共有されており、そこを目指して秋季練習も行われている。松井稼頭央監督もスペシャリストを生むべき、秋季練習のメニュー作成にもかなり工夫をしているようだ。
このような船出を見ていると、来季松井稼頭央監督が率いるライオンズの戦いを見るのが今から本当に楽しみで仕方ないと感じているのは、きっと筆者だけではないと思う。