2022年11月 8日公開
ライオンズの秋季キャンプに臨時コーチとして秋本真吾コーチが参加した。秋本コーチは現役時代は200mハードルで活躍された選手で、元アジア記録保持者でもある(現在のアジア記録は渡部佳朗選手)。秋本コーチは現役引退後はプロ転向してスプリントコーチとして活躍しており、オリックスや阪神などでも臨時コーチを務めたり、内川聖一選手の個人コーチを務めたこともあった。
ただし秋本コーチの役目は盗塁数を増やすことではない。事実阪神もオリックスも、秋本コーチの指導を受けた後でも盗塁数はほとんど増えてはいない。秋本コーチが指導した直後の阪神のチーム盗塁数は70、オリックスは30〜40個台だった。
では秋本コーチとは何のためのコーチなのか?それは単純に速く走る技術や、怪我をしにくいフォームを指導するのが主な役目であるようだ。そもそも野球の盗塁というものは特殊な技術を要するプレーで、誰よりも速く走ることができる陸上選手であっても野球で盗塁数を増やせるとは限らない。
事実、1969年にロッテオリオンズは代走要員として、ユニバーシアード(学生のためのオリンピック)で金メダル、その後アジア大会でも銀銅を獲得した飯島秀雄選手と契約をした。要するに当時としては、日本で一番足が速い人と契約をしたということだ。
だが飯島選手は3年間ロッテに在籍しながらも、通算の盗塁数は僅かに23個にとどまった。1969年は10盗塁(盗塁死8、ルーキー福本豊選手は4盗塁)、1970年は12盗塁(盗塁死9、福本選手は75盗塁で盗塁王)、1971年は1盗塁(盗塁死0、福本選手は67盗塁で盗塁王)という内訳だ。代走要員として期待されて117試合に出場したものの、通算23盗塁というのはロッテとしては期待外れも甚だしい結果となってしまった。ちなみに当然だが打席には一度も立っていない。
飯島選手は100mと200mでのメダリストだった。だが野球における盗塁ではせいぜい20m少々しか走らない。つまり100m走であれば20〜30m走ったところでトップスピードに入れば勝負できたわけだが、野球の場合はトップスピードに入る前に次のベースに到達してしまうことで、飯島選手は持ち味をまったく発揮することができなかった。
ライオンズでは渡辺久信監督時代、片岡易之選手が3年連続50盗塁以上をマークし、4年連続で盗塁王に輝いていた。たが当時のライオンズの中で片岡選手の50m走のタイムはトップ3に入るか入らないかという程度で、当時の片岡選手のスピードは実は岸孝之投手の走力よりも劣っていた。
だが片岡選手にはスタートした直後にトップスピードに入るという技術と、スピードが低下しないスライディング技術があったため、50m走では勝てなかったとしても、20m少々の距離であれば圧倒的な速さを発揮することができた。
ではなぜ片岡選手は20m少々では圧倒的に速くても、50m以上になるとチームメイトに勝つことができなかったのか?その理由は単純で、片岡選手は非常に低い重心からスタートを切り、低い重心のまままるで前へつんのめるようなイメージで走っていた。そして実際につんのめる前にはスライディング姿勢に入っており、これができるからこそ盗塁では圧倒的なスピードを誇っていたのだ。
しかし片岡選手の走り方では20m少々なら最速を誇っても、50m以上の距離を走ることはできない。それこそ実際に前につんのめってしまうからだ。50m、100m、200mを走るためにはやや低い重心でトップスピードに入った後は、少し重心を上げてそのスピードに乗って走る必要が生じる。岸孝之投手らは、トップスピードに入ってからそのスピードに乗るのが非常に上手かったため、50m走ではライオンズではナンバー1の走力を誇っていた。
今回ライオンズが招聘した秋本コーチの指導により、ライオンズの盗塁数が増えることは期待できない。だがこの指導により選手たちが怪我をしにくい走り方をマスターできたり、二塁打三塁打を打った際のスピードへの乗り方は向上していくのではないだろうか。
2021年序盤は圧倒的な走力を誇っていた当時のルーキー若林楽人選手だったが、その後は怪我をして一年以上を棒に振ってしまった。今回秋本コーチを招聘したのは、選手たちのそのような怪我を防ぐことが目的となっていると思う。
若林選手は膝の靭帯を修復する手術を受けたわけだが、2022年シーズンはまだその靭帯が馴染んでいなかったという。そのため本来であれば足からスライディングすべき場面でも、足から滑ってまだ不安定な手術後の靭帯を再度痛めないようにヘッドスライディングすることが度々あった。その姿を見た首脳陣も無理はさせられないと判断したのだろう。2022年の若林選手の1軍帯同期間は短期にとどまった。
若林選手のトップスピードへの入り方やスライディング技術は、片岡易之選手に匹敵するレベルだ。そして走力のタイムだけを見れば恐らくは全盛期の片岡選手を上回るだろう。それほどの走力を持つ若林選手であったのだが、残念ながら2021年のルーキーイヤーは5月30日という、開幕からまだ2ヵ月ほどしか経っていない阪神戦で打球処理をした際に左膝前十字靭帯損傷という重傷を負ってしまった。
この怪我さえなければ、若林選手は50〜60盗塁を記録するような勢いで走っていた。そして松井稼頭央監督は間違いなくこの若林選手の走力に期待しているはずだ。これまで松井監督は新リードオフマン候補として外崎修汰選手、源田壮亮主将らの名前を具体的には挙げているが、膝の状態次第では若林選手もその筆頭候補となるだろう。
松井監督は2軍監督時代にはリハビリに励む若林選手の姿を見ており、1軍ヘッドコーチ時代には膝を庇いながら1軍でプレーする若林選手の姿を見ていた。そのため松井監督としてもまだ無理はさせられないという意味で、ここまではあえて若林選手の名前を挙げずにいるのだろう。もしここで名前を挙げてしまうと、若林選手も靭帯がしっかりと馴染む前に無理をしてしまうこともあるからだ。
だが手術からほぼ20ヵ月経つ2023年の開幕までには、若林選手の膝も万全の状態となっていると思われる。しかも今オフは秋本コーチに怪我をしにくい走り方の指導も受けているため、今後は速く走ったとしても体への負荷は今まで以上に軽減させられるはずだ。そう考えると西武球団がこのタイミングで秋本コーチを招聘したのは非常に良い判断だったと思う。
筆者がライオンズのリードオフマンとして期待したいのはやはり若林選手と、もう一人は川野涼多選手だ。川野選手は来季は高卒4年目の選手で、学年的には若林選手よりも3つ下の若獅子だ。二遊間を得意とする選手なのだが、三塁を守ることもできる。
もしこの川野選手が来季スイッチヒッターとして1軍に食い込むことができれば、二遊間を源田主将と組むことができ、外崎選手を外野に戻すことも可能となり、外野のレギュラー不在という状況を一気に解決できるようにもなるだろう。もしくは中村剛也選手が年齢的にレギュラーを張れなくなって来た今、バッティング次第では三塁手としてチャンスを得ることもできるはずだ。
川野選手の体型は東尾監督時代の松井稼頭央選手によく似ており、二遊間のスイッチヒッターという共通点もある。そして自主トレは高校の2年先輩である三冠王村上宗隆選手と共に行なっているため、来季以降はバッティングでも期待できるはずだ。
今季はイースタンリーグで打率.250、盗塁2、盗塁死7という成績に終わっているが、出場試合数ははファームではチーム4番目の多さだった。つまり川野選手はそれだけ期待されているということだ。
ちなみに今季ファームで最も多くの試合に出場したのは昨季のドラフト1位渡部健人選手だったわけだが、大卒ドラフト1位で入団後、2年目の今季もファームでの打率は.184とまったく打てておらず、ホームラン数も10本にとどまっている。将来の主砲候補としては完全に高木渉選手に遅れを取っているし、来季は今季までのように多くのチャンスももらえなくなるだろう。
反面川野選手が与えられるチャンスは増えていくはずだ。今季2022年の時点で川野選手は1軍で8番サードというスタメンも経験している。今季は一度も一軍からは呼ばれなかった渡部選手とは対照的だ。
とは言え、もちろん川野選手が来季いきなりリードオフマンとして覚醒するとは思っていない。だが将来的には若林選手との1・2番コンビを組んでいく可能性は十分にあるだろう。
その川野選手の今オフの目標は、50m5.9秒というスピードを維持しながら、178cmの身長で78kgだった体重を82kgに増やすことのようだ。ちなみにトリプルスリーを達成した際の松井稼頭央選手は177cmで83kgだったようだ。この川野選手に1軍レベルのボールに振り負けないパワーが付いてくれば、来季からでも1軍で躍動する姿を見ることができるだろう。
球界でも誰よりも多い練習量を誇る村上宗隆選手を間近で見ているだけあり、川野選手もそこに倣って来季は飛躍してくるはずだ。この川野選手が1軍のレギュラーに食い込めるようになれば、ライオンズ打線にも一気に厚みが増してくる。
今季のラインズはリーグ最下位の60盗塁に終わったわけだが、若林選手がリードオフマンを務め、その若林選手から盗塁を成功させる技術を川野選手が盗み取ることができれば、チーム盗塁数は確実に三桁を超えていくだろう。
そしてこのチーム盗塁数を増やすために欠かせないのがチームバッティングだ。松井稼頭央監督は今、打撃陣に対しこれを強く求めている。チームバッティングと言うと進塁打が真っ先に思い浮かぶわけだが、走者の盗塁をサポートするのもチームバッティングの一つだ。
だが山賊打線にはこの意識が希薄で、盗塁した走者が確実にセーフになっていたであろう場面で打者がファールを打ってしまうケースが数え切れないほどあった。松井稼頭央監督からすると、これも見ていて歯痒かったかずだ。
来季のライオンズは走者が走ったらそれをサポートすることも覚えなければならない。例えばカウントが追い込まれていなければストライクでも見逃したいわけだが、そこで見逃すのはもちろんのこと、わざと空振りをして走者を助けることも重要だ。辻監督時代のライオンズの打撃陣は、このように自らを犠牲にしてチームメイトを助けるプレーを見せることがほとんどなかった。
だが松井稼頭央監督はこのようなチームプレーを重視していることを監督就任以降幾度も明言されている。そしてそのようなチームプレー面でお手本となれるのが源田主将であり、栗山巧選手だ。栗山巧選手はまさに渡辺久信監督時代に、幾度となく片岡選手の盗塁をアシストして来た選手だ。
恐らく来季のライオンズで最もフィーチャーされるのはホームランではなく、このようなチームプレーやコンビネーションとなるはずだ。すると川野選手のようなタイプの打者にも多くのチャンスが与えられるようになるだろう。
そのようなことからも筆者はリードオフマン候補の筆頭として若林選手の名を挙げながらも、同時に川野選手の飛躍にも期待を寄せているのだ。近い将来この二人が同時に打線に加わってくれば、ライオンズ打線の繋がりは飛躍的に向上し、長打が減ったとしても得点力はアップしていくはずだ。そしてそれこそが今、松井稼頭央監督が目指している野球なのである。