2022年10月20日公開
2022年のドラフト会議、埼玉西武ライオンズが単独1位指名をしたのは渡辺久信GMが公言していた通り蛭間拓哉外野手(早稲田大)だった。2022年のドラフト会議では9球団が1位指名選手が事前予告するという珍しい状況になったわけだが、ライオンズも公言したことが奏功し、この非常に魅力的な選手を単独指名することができた。
しかも西武球団が野手を1位指名したのは2020年の渡部健人内野手、2013年の森友哉捕手以来で、その前の野手の1位指名は2005年の炭谷銀仁朗捕手まで遡らなければならない。そしてそれ以前の捕手以外での野手の1位指名となると、2002年に自由獲得枠で入団した後藤武敏内野手まで遡ることになる。つまり2000年台に入ってからのライオンズは、それだけピッチングスタッフに苦労していたということだ。
だが今季は投手陣をリーグトップという水準まで整備できたこともあり、1位指名は蛭間拓哉外野手で、2位指名も古川雄大外野手(佐伯鶴城高)となり、近年なかなかレギュラーを固定できずにいる外野陣を積極的に指名する結果となった。渡辺久信GMはチームのウィークポイントを徹底してドラフト指名してくる傾向があるため、1位2位指名が共に外野手というのは非常に珍しいわけだが、しかしこの指名自体は不思議ではなかったと思う。
ちなみに蛭間選手は12球団ジュニアトーナメントのライオンズジュニア出身の選手で、蛭間選手自身最も行きたい球団としてライオンズを挙げていた。つまりこの指名は相思相愛だったというわけだ。
話を少し戻すと、今年のドラフト会議では9球団が1位指名選手を事前予告したわけだが、筆者はこのやり方はとても良いと思っている。日本の野球ファンはグラウンド外でのドラマも求めがちだが、しかしやる側からするとグラウンド外のドラマなどに巻き込まれたくはない。例えば清原和博選手や木村優太投手の例などはその典型だ。
巨人が1位指名するはずだった清原和博選手だが、しかし実際に巨人が指名したのは同じPL学園の桑田真澄投手だった。ここでドラマがまず生まれ、そして1987年の日本シリーズ第6戦、あと一死でライオンズの日本一が決まるという場面、自分を裏切った巨人を下しての日本一が目前となった時、清原選手は守備に就く一塁でハラハラと涙を流し始めた。
そして木村投手に関してはプロ入り前のゴタゴタにより、西武球団を含むプロ球団にプロ野球人生のスタートを挫かれてしまったという、望まぬドラマに巻き込まれてしまい、結局プロでは結果を残せずにドラフト1位指名ながらも短期間で戦力外通告を受けてしまった。
ドラフトは時としてこのようなドラマを生み出す。野球ファンとしてはもちろんこのようなドラマを求めているのだと思うが、しかし選手やその家族からすればこんなドラマは欲しくはない。そういう意味では今年のドラフト会議は選手たちに余計な精神的負担をかけない良いドラフト会議になったと筆者は感じている。
さて、ここからは再び蛭間選手について書き進めていきたいと思う。蛭間選手は上述の通りライオンズジュニア出身のスラッガーで、甲子園にも出場した浦和学院では、現ライオンズのホープである渡邉勇太朗投手の同期でもあった。そして一時期この渡邉投手は野球を辞めることも考えていたそうなのだが、蛭間選手らチームメイトの説得により野球部を辞めることなく、最終的には2018年のドラフト2位指名でライオンズ入りを果たすという高校野球時代を過ごしていた。
渡邉投手と蛭間選手はそれ以来のタッグということになり、このような絆を持つ選手はチームの中心選手に成長することも多く、近い将来、このふたりがライオンズを背負っていく可能性も非常に高いのではないだろうか。
蛭間選手は左投げ左打ちの広角に打てるスラッガーで、入団後には栗山巧選手を師事したいと語っている。だが選手としてのスケールの大きさは若き日の栗山選手以上ではないだろうか。そして蛭間選手の何よりのストロングポイントは、右投げ左打ちではなく、左投げ左打ちだということだ。
右投げ左打ちの弱点には栗山選手だけではなく、松井秀喜選手でさえも長年悩み続けていた。利き手が右なのに左打ちになってしまうと、トップハンドで押し込むバッティングが難しくなり、なかなか長打力を上げていくことができない。松井秀喜選手の場合、日本では圧倒的なパワーによってホームランを量産していたが、しかしメジャーではこのウィークポイントによってホームランバッターになることができなかった。
反面蛭間選手は左投げ左打ちであるためトップハンドが利き手となり、ステイバック打法で打っていくことにより打率も長打力も同時に高い水準に持っていける可能性が非常に高い。例えば分かりやすく言うと、オリックスバファローズの吉田正尚選手は右投げ左打ちの巧打者であるわけだが、やはり利き手がトップハンドにならないため、あれだけ素晴らしいバッターなのに30本塁打に届いたことは一度もない。
体格やバッティングスタイルを見ていくと、蛭間選手は将来的には高い打率でホームランを30〜40本打ち、似たタイプながらも吉田選手を上回るようなスラッガーになるのではないだろうか。筆者の記憶を辿る限りでは、このような即戦力にもなり得て、打率も本塁打数も高い水準に持っていける本格的なスラッガーがライオンズに入団するのは、本当に久し振りのことだと思う。恐らくは和田一浩選手以来なのではないだろうか。
もちろん山川穂高選手や森友哉捕手も球界を代表するスラッガーであるわけだが、山川選手はホームランは打てるが打率と得点圏打率が低く、一方の森捕手は隔年で高い打率をマークしているがホームラン数を伸ばすことができていない。だが蛭間選手は筆者が見る限り、将来的には3割30本という数字を軽く越えていく選手になると確信している。
蛭間選手のバッティングの特徴としては、タイミングを崩されても泳ぐことなく、上半身をしっかりと残して打っていくことができる下半身の使い方の巧さだ。これができる選手はプロでもなかなかいない。山川選手も森捕手も、どちらかと言えば簡単に泳がされてしまうタイプなのだが、蛭間選手は泳がされても上半身を残すことにより、反対方向に強く打ち返すことができる。この技術こそが蛭間選手は3割を打てると筆者が確信した根拠だ。
山川選手や渡部健人選手は当たれば飛ぶタイプの打者だが、四番打者としてはあまりにも打率が低い。だが1〜2年かけて蛭間選手が1軍レベルの球速と変化球のキレに慣れていけば、すぐにでも四番の座を奪い取って行くのではないだろうか。筆者はこの場において常々ライオンズには真の四番打者が必要であると書いてきたが、蛭間拓哉選手はまさにその筆頭候補となっていくだろう。
秋山翔吾選手が抜けて以来、ライオンズはリードオフマンの不在に悩まされている。だが蛭間選手はリードオフマンタイプではない。明らかにクリーンナップ候補となるため、下手に1番打者として起用するよりは、例えば若き日の清原和博選手が6番を打ち、中島裕之選手が7番を打ち続けることによって成長していったように、蛭間選手は6〜7番という比較的プレッシャーや制限が少ない打順を打たせながら1軍で英才教育をしていってもらいたい。
そして隙あらば山川選手や森捕手からどんどん主砲の座を奪いにいってもらいたいわけだが、大学時代のバッティングを見る限りでも、それを期待させる技術がすでに備わっているように見える。例えば仮に1年目から、かつての源田壮亮選手のようにフル出場させたとしたら、蛭間選手は最終的には打率.270、本塁打20本程度をマークするであろうと思えるような技術をすでに身につけている。
スウィングそのものもライオンズのスタイルによく合っており、崩されてもしっかりと最後までバットを振り抜ける技術は非常に魅力的だ。このように当てに行くバッティングをしないというのも、スター選手になるための資質だと思う。
この蛭間選手が1〜2年かけて主砲として育っていけば、将来的には1番は盗塁王を狙えてキャプテンシーもある若林楽人選手、2番は何でもできる源田壮亮選手、3番はチャンスメイクできる森友哉捕手、4番に蛭間拓哉選手が座り、5番で山川選手がホームランを打ちまくるという、松井稼頭央監督の野球観に合ったオーダーを組んでいくことができる。
松井稼頭央監督の言葉を聞いていると、これまで山川選手の一発頼みだった野球からの脱却を目指しているように感じられる。もちろん辻発彦監督や山川選手へのリスペクトもありあからさまにそのようなことを、まるで伊原春樹監督のように松井稼頭央監督が言葉にすることは絶対にないと思うのだが、松井監督自身は、足を絡めて少ない安打で得点していく野球を目指しているようだ。これはまさに松井稼頭央選手が駆け巡っていたHit!Foot!Get!が原型になっているのだと思う。
蛭間選手は、山川選手のように50本塁打を目指せるほどのホームラン数には届かないとは思う。だが首位打者争いに参加しながら30〜40本打てるようなレベルには到達していくだろう。これほどまでのスラッガーをライオンズが単独指名できたというのは、筆者個人としては本当に驚きだった。
だが蛭間選手自身がライオンズ入りを熱望しており、ライオンズジュニア出身でもあり、しかも渡邉勇太朗投手と再度タッグを組むという流れの中で、他球団としてはある程度忖度したのではないだろうか。ドラフト会議にドラマがなくなることを寂しがる野球ファンが多いことは理解しているが、しかしプロを目指す選手やプロ野球選手の動作改善サポートを生業としている筆者としては、ここにドラマは求めたくはない。
野球ドラマはグラウンド上でのみ展開されるべきだ。例えば涌井秀章投手と杉内俊哉投手の壮絶な投手戦、藤川球児投手とアレックス・カブレラ選手の真っ向勝負、松坂大輔投手とイチロー選手のライバル関係などなど、筆者が求めるのはこのようなドラマであり、涙のドラフトや戦力外通告にまつわるドラマではない。
もちろん今年のようなドラフト会議はファンとしては盛り上がりに欠けてしまうとは思うのだが、しかしその分、グラウンドで生まれるドラマは今まで以上に熱くなるはずだ。だからこそ12球団という少ない球団数だからこそできた9球団による事前指名予告は、筆者個人としては歓迎だった。
そしてもし渡辺久信GMが蛭間選手の1位指名を事前予告していなければ、他球団も蛭間選手を1位指名していた確率が高く、そうなればライオンズはこの素晴らしいスラッガーとの交渉権を獲得できていたかも分からない。そのため筆者個人としては今年のような重複指名を避けるためのドラフト戦略は、来年以降にも見られたら良いなと思っている。