2024年8月16日公開
先日、髙橋光成投手は約50日振りに一軍復帰登板を果たしたわけだが、しかし結果的には6回持たず4失点KOとなった。実際には脇腹を攣っての降板だったようだが、しかしKOと評価するに相応しい内容だったのではないだろうか。
今季は春季キャンプの段階で右肩の不調を訴え、ようやく一軍復帰して来たのは4月の中頃だった。この4月に関しては防御率も2.70と、すごく良くもなければ悪くもないという数字で、実際好投しながらも援護点に恵まれず勝てない試合もあった。だが4月のボールが最近のボールと違っていたのかと言えばそんなことはなく、4月の段階でもう良い時の髙橋投手のボールではなかった。
だが4月に関しては相手チームも、「髙橋光成だからそれほど点は取れない」という前提で来てくれたことが助かっていた。しかし対戦数が増えていくと相手チームも「昨季までの髙橋投手とは違うぞ?このボールなら意外と打てるなぁ」というふうに気づき始めてしまった。そのため5月以降は相手チームの打線も髙橋投手に対し積極的に振ってくることが増えていく。
このように、決して4月はまだ調子が良かったというわけではなく、ただ単に相手打線が勝手に警戒して慎重になってくれていただけだった。WHIP(1イニングあたりに出す走者の人数)を見ても、昨季は1.10だったのに対し、今季は4月の時点でも1.25という数字で、これは2021年の11勝9敗、勝率.550の時と同水準の数字となる。
そしてこのWHIPが5月には1.71まで跳ね上がり、6月は1.54、8月も1.59と非常に悪い数字が続いている。被打率を見ても.297という数字で、ライオンズのどの打者の打率よりも高い被打率となってしまっている。そしてこれが右打者に限定すると.313となる。
与四球を見ると今季はトータルで19個となっており、58回2/3で計算すると与四球率は2.91となり、ここに関しては常識的な数字に収まっている。ちなみに今井達也投手の与四球率は今季ここまでは3.71だ。
つまり今季の髙橋投手の数字の中で、明らかに悪化しているのは被打率だというわけだ。四球の割合は決して多くない中でも、打たれるヒットの本数が多いためWHIPも跳ね上がってしまっている。そしてこの被打率が悪化している原因は球質の低下と言って間違いない。
確か髙橋投手はラプソードを所有しているはずだ。それとも平良投手に借りていただけだったろうか。いずれにしても球質の良し悪しに関しては明確な数値で出ているはずなのだが、残念ながら髙橋投手がその数値を公開することはまずないし、ベルーナドームに設置されているレーダーの数値がメジャーの中継のように、パテレ中継などで公開されることもない。
そのためデータとしてここで正確なことを言うことはできないのだが、しかしこれまで投手コーチとして100万球以上(恐らくは数百万球)のボールを受けて来た筆者の経験上、今季の髙橋投手が投げているボールには明らかに伸びがない。つまりスピードガン表示の数字ほど速く感じないのだ。
良い時の髙橋投手のボールは西口文也元投手コーチの指導の甲斐もあり、リラックスしてビュンと振ってくる腕で投げられるボールはスピードガン表示以上に速く感じられていた。そのため打者も差し込まれることが多く、2023年に関しては被打率は.221だった。しかし今季はストレートに伸びがないことから、昨季までは差し込まれていた打者であっても、ちょうどバットを出したところに髙橋投手のボールが来るようになってしまっている。その結果打たれるヒットの本数が昨季以上に増えてしまっているというわけだ。
昨季は1試合あたり5.3本のヒットを打たれており、今季は1試合あたり6.3本と平均値が1ポイントも上がってしまっている。しかも昨季は1試合あたり6.7回を投げているのに対し、今季は1試合あたり5.32回しか投げていない。つまり投げているイニング数は1ポイント以上減っているのに、打たれているヒットの本数は逆に1ポイント増えてしまっているのだ。これでは失点数が増えていくのは当然だ。
さて、今季の髙橋投手のボールには伸びがないと書いたわけだが、この伸びというのは抽象的な意味合いの言葉ではない。ストレートの伸びというのは数値化することができ、ボールが手からリリースされた瞬間の球速(初速)と、捕手のミットに収まる直前の球速(終速)の差によって定義することができる。
初速と終速の差が小さいほど伸びがあるストレートということになり、打者は簡単にそのボールに差し込まれるようになる。だが逆に初速と終速の差が大きくなると、打者は簡単にタイミングを合わせられるようになってしまう。ちなみに現役投手の中でこの初速と終速の差が最も小さな投手は、全盛期の和田毅投手だ。ライオンズで言えば現役時代の武隈祥太投手がダントツだった。
そしてこの初速と終速はボールの回転数と回転軸の角度の影響を大きく受けるわけだが、恐らく髙橋投手のストレートの回転数は昨季よりも減っているはずだ。ちなみに火の玉ストレートを投げていた頃の藤川球児投手のストレートの回転数は45.5RPSだった。RPSとは1秒間あたりの回転数のことで、RPMと表記されている場合は1分間あたりの回転数ということになる。
RPSが40を越えてくると、キャッチボールをしていても恐怖を感じるようになる。例えば筆者はその昔、埼玉西武ライオンズのあるエースピッチャーとキャッチボールをさせてもらったことがあるのだが、キャッチボールのため当然その投手は軽く投げており、球速も僅かに130km/h程度だった。しかし筆者はそのボールに対して慣れるまでは文字通り恐怖感を抱きながら受けていた。
だがそれは決して筆者が速いボールに慣れていないからではない。他の投手のボールは155km/hを越えていても難なく捕ることができる。だがそのエースピッチャーが投げるキャッチボールの球は、ボールがみるみる巨大化してくるようなイメージで真っ直ぐ飛んでくるのだ。ちなみにこの投手は通算で200勝弱を挙げている。
その投手は非常に細身の投手だったのだが、僅かながらもボールを受けさえていただき、「これがプロで勝てる投手のボールなんだな」、と感動したことを今でもよく覚えている。この時筆者が感じた恐怖感が、残念ながら今季の髙橋投手のボールからは感じられないのだ。
もちろん筆者は髙橋投手のボールは受けてはいないわけだが、しかしそれは画面を通して見るだけでも明らかだし、実際に映像分析(レーダーによる数値ではないため正確性は保証されないデータ集束方法)にかけると18.44mの前半に比べ、後半はかなり失速していた。筆者が個人的に映像分析を行なった際には7km/hもの初速終速差が出たこともあり、これでは髙橋投手のボールが簡単に打たれていることにもまったく不思議はない。
この初速終速差は5km/h未満が望ましく、3km/h程度になると打者は本当に打つことが難しくなる。逆に5km/hを越えれば越えるほど打者は簡単に打てるようになってしまう。これはつまり、初速155km/hだったとしても、終速が148km/hでは打者は簡単に打ててしまうということだ。
逆に全盛期の和田毅投手のように初速140km/h、終速138km/hという数字にになってくると、このボールを打つのは一軍のクリーンナップでも非常に難しい。さらに付け加えると、例えばボールの回転数が40RPSだった場合、150km/hの40RPSよりも、140km/hの40RPSの方が遥かに打ちにくくなる。
これは野球の物理学、いわゆる科学の話になるわけだが、髙橋光成投手の昨オフのトレーニング方法は、まったく非科学的な取り組みだったと言える。そもそも球速アップのために筋トレをしている時点で、野球の科学をまったく学んでいないことがよく分かるというものだ。筋トレは非常に重要なトレーニングであるわけだが、しかしその目的を球速アップやスウィング速度のアップに置いてしまってはダメなのだ。
しかし筋トレの目的を球速アップに置いてしまっているのが髙橋光成投手、平良海馬投手、與座海人投手らとなっている。さらに言えば昨オフに関してはこのメンバーの自主トレには平井克典投手も加わっており、この4投手は今季全滅状態となっている。
さて、そんな髙橋投手だが、近年はオフになると毎年のようにポスティング移籍を直訴している。髙橋投手は順調にいけば来季中に国内FA、早ければ2026年のシーズン中に海外FA権を取得する見込みとなっている。つまり一般的に考えて海外FA権を取得する前年オフにポスティングを認める慣例に倣うと、髙橋投手のポスティングが認められるのは来年のオフということになる。
だが来オフのポスティング移籍ということになると、髙橋投手は日本の学年的には30歳になるシーズンにメジャー移籍というタイミングになる。髙橋投手本人としてはできるだけ早くメジャーに挑戦したい意向があるため、30歳という下り坂にも差し掛かりかねない年齢で行くことに躊躇いがあるのだろう。
だがそもそもNPBで活躍できないレベルの選手がMLBで活躍できるはずはない。そしてメジャー側の声に耳を傾けても、髙橋投手はまずは日本で好成績を残してからメジャー移籍を目指すべきだという意見が最近は目立って来ている。つまりポスティング市場に於ける髙橋投手の株は大暴落しているということだ。
この状態でポスティング移籍を実現させたとしても、ファイターズの上沢投手の二の舞になってしまうだけで西武球団にはほとんど見返りがないという状況になりかねない。西武球団としては長年大金を投資して高橋投手を育成して来たのだから、その元を取れないようなポスティング移籍だけは避けなければならない。
そして残念ながら筆者個人としては、髙橋投手のポスティング移籍は認めるべきではないと考えている。行くならば海外FA権を行使して行くべきだ。なぜなら単純に、これだけ勝てていないチーム状況では、少なくとも昨季までは四度二桁勝利を挙げている髙橋投手を手放すべきではないからだ。
今季に関しては髙橋投手は数字的には絶不調であるわけだが、体づくりのやり方を間違わずにもう一度しっかりとやり直せばまた良いボールを投げられるはずなのである。だからこそその復活に賭け、西武球団は髙橋投手を手放すべきではないと筆者は考えている。手放すのであればトレードにすべきだ。
トレードであれば髙橋投手を交換要員にすればある程度の大物打者を獲得することができるだろう。実際には海外FA権の行使まであと2シーズンということにはなるが、短期的に1年でも2年でも良いから髙橋投手の力が欲しいという球団は間違いなくあるはずだ。
例えば2020年、千葉ロッテマリーンズは海外FA権の行使が濃厚とされていたジャイアンツ澤村拓一投手をシーズン中にトレードで獲得した。しかしその結果トレードで獲得した直後の同年オフに澤村投手はボストンレッドソックスにFA移籍してしまい、マリーンズでは僅かに22試合に投げただけで終わってしまった。過去には実際にこのような例もあったため、今オフ髙橋投手をトレード市場に出しても間違いなく欲しがる球団は出てくるはずだ。
残念ながらポスティングにかけても西武球団への十分な見返りはほとんど期待できない。それならばトレード市場に出してシーズン20本塁打以上打てるクラスの打者を獲得した方が良いかもしれないとは、渡辺久信GMの頭の中にも選択肢の一つとしては間違いなくあるはずだ。
四球で崩れることがなく、調子が良ければボールをしっかりとコントロールできる髙橋光成投手は、どちらかと言えばセ・リーグの野球にフィットしているように見えなくもない。そしてセ・リーグを見渡すと、例えば中日ドラゴンズは今季10勝1敗という成績を挙げている高橋宏斗投手に次ぐ二番目の柱になる存在の投手がいない。と考えると、W高橋でローテーションを回していきたいという希望を持っている可能性もあり、ビシエド選手などの大物スラッガーとの交換トレードもあり得るだろう。
そして東京ヤクルトスワローズもローテーションピッチャーにはかなり苦労しているため、髙橋光成投手がトレード市場に出されれば間違いなく検討に入るはずだ。その場合、近年はやや元気がなくなって来ている山田哲人選手あたりを得られる可能性が出てくるのではないだろうか。山田選手はまだ今季32歳であるため、心機一転環境を変えればまた30本近くのホームランを打てる可能性は非常に高い。
そしてドラゴンズもスワローズも先発投手にやや苦労して5位6位に低迷しているという事情があるため、髙橋光成投手を獲得できるのであれば、例え近い将来ポスティングや海外FAで手放すことになったとしても、短期的チーム強化という観点においては喉から手が出るほど欲しい存在となるはずだ。
西武球団としては髙橋投手をあと2年残留させてローテーションを回ってもらうのと、トレードに出してスラッガーを獲得することを天秤にかけ、どちらがより大きなプラスになるのかという損得勘定をしていく必要がある。そして現時点においてはポスティング移籍はまったく現実的ではないため、少なくとも今オフのポスティング移籍が実現することは余程の展開がない限りはあり得ないだろう。
そして今オフの髙橋投手の年俸は推定1億8000万円から1億円程度までは少なくとも下がることが見込まれるため、トレードで獲得する側からすると、かなり獲得しやすい状況にはなるだろう。だがあくまでも理想としてはあと2年、ライオンズで2年連続15勝以上を挙げてから海外FA権を行使してメジャー移籍を目指すことだと筆者は考えている。微々たるものになりかねないポスティングマネーよりも、西武球団はその方がずっと大きな見返りを得られるからだ。