2024年9月17日公開
やはり、という思いもあった中、しかし実際に引退が発表されると本当に寂しい。増田達至投手は誰よりもライオンズ愛に溢れた選手の一人だった。そして怪我が少ない本当にタフな投手で、ルーキーイヤーから昨季までは11年連続で30試合以上に登板し、2015年に至っては72試合という超人的な登板数を数えている。
昨年などは打たれてしまうとライオンズファンからさえも「増田劇場」と揶揄されることもあった。筆者は選手に対するリスペクトがまったくないこの言葉は本当に嫌いであり、この場でも幾度となく「増田劇場」という言葉を使うファン、メディアに苦言を呈してきた。
そして2020年には取得した国内FA権を行使してライオンズに残留し、4年12億円という大型契約を結んだ。その4年目がまさに今季であったわけだが、残念ながら今季は僅か12試合の登板に留まり、0勝2敗0セーブ、防御率4.09と、2年連続で増田投手らしくない数字で低迷してしまっていた。
増田投手は数年に一度は肩痛ではなく、肩のコンディション不良で一軍を離れることもあったわけだが、それでも昨季までの年間平均登板数は49.7試合だ。つまりシーズンの34%の試合に登板していることになり、3連戦であればそのうちの1試合には必ず登板していたという計算だ。ちなみにそれが2015年の72試合だとその数字が50%になり、2試合1回登板していたということになる。
とにかく本当に、ただひたすらライオンズのために投げ続けてくれた投手だということだ。その投手に対しリスペクトのかけらもない揶揄を飛ばすライオンズファンの神経を、筆者はまったく理解することができなかった。これが下世話な大衆紙ならまだしも、ライオンズファンを名乗る人々がSNS上でそう言っていることに対し、筆者は強い憤りを感じていた。
もちろんそれがプロ野球というエンターテイメントでもあるのだろう。活躍すれば褒め称えられ、打たれれば容赦ない罵声が飛ぶ。だがそんな中でも、選手に対するリスペクトだけは絶対に忘れてはならないと思う。増田投手の場合は人間ができているため、ライオンズファンからのそのような心ないヤジにも決して反論することはないわけだが、増田投手がSNSやインターネットを通じて、そのような自らへのヤジを目にしていなかったことを今は祈るばかりだ。
残念ながら増田投手は日本一を経験することはできなかった。辻発彦監督時代にリーグ連覇こそ経験したものの、2年連続でCSでホークスに手も足も出なかったチームは、日本シリーズに駒を進めることさえ叶わなかった。だがやはり、日本シリーズで増田投手が投げる姿を見てみたかった。増田投手自身も常にそれを念頭に投げ続けていたはずだ。
本音を言えば増田投手には、自主トレを共にするバファローズの平野投手のようにチームを連覇に導くベテラン守護神としての活躍を期待したかった。だが増田投手は潔すぎた。確かに昨季から目に見えてパフォーマンスが低下していた面もあったわけだが、それでも今季12試合の登板だったという数字だけで、こんなにも早く引退するとは思わなかった。いや、もちろん引退するかもしれないという覚悟は筆者も持っていた。だがそれ以上にもう一花咲かせて欲しいという思いの方が強かった。
そして増田投手について特筆すべきことはその登板数の多さだけではなく、2020年に無敗でセーブ王になったことにも注目しておきたい。2020年の増田投手は絶対的守護神として48試合に登板し、5勝0敗33セーブ、防御率2.02という数字で初めてセーブ王に輝き、これは2015年の最多ホールドを獲得した時以来のタイトルとなった。
この年の増田投手は見ていても、まさに打たれる気がしなかった。相手チームにしても9回に増田投手が出てきたら、それでゲームセットという気持ちにもなっていたと思う。恐らくこの年にこれだけの活躍をできたのは、2019年くらいから投げ始めたフォークボールが良くなってきたからではなかっただろうか。
プロ入り直後の増田投手は、筆者の記憶ではフォークボールはほとんど投げることのないピッチャーだった。ストレート、スライダー、カーブのコンビネーションで抑える投手だったのだが、チームが連覇を果たして2019年頃からフォークボールの割合が増えて行った。
そのフォークボールが冴え渡り1997年の佐々木主浩投手、2009年の武田久投手以来、2020年は史上3人目となる無敗でのセーブ王を獲得した。もしこの年のオフ、増田投手が残留ではなくFA宣言を選んでいたならば、ライオンズが提示した4年12億円という金額をはるかに上回る額を提示する球団が複数出ていたはずだ。だが増田投手は迷わずライオンズへの残留を宣言し、その姿は栗山巧選手、中村剛也選手と並び、まさにフラインチャイズプレイヤーの鑑のようだった。
日本のプロ野球はメジャーリーグとは異なり、FAシステムがあまり機能していない。そのためメジャー以上にフランチャイズプレイヤーが愛されるのが日本のプロ野球であるわけだが、増田投手はまさにライオンズファンに愛されるべく言動を貫き続けた名フライチャイズプレイヤーだった。
そして増田投手ほど周囲に気配りができる人間も少ない。そこはさすがに大学・社会人を経験しているだけのことはあり、引退する最後の最後まで周囲への気配りを忘れなかった。今回引退を発表したタイミングも、岡田雅利捕手と金子侑司選手の引退に水を差さないようにと増田投手自らこのタイミングを選んだのだという。
また、優勝争いに集中してもらうためDeNAの戸柱捕手、巨人の大城捕手らNTT西日本の後輩には引退する旨を報告しなかったという。このように増田投手は、最後の最後まで自分のことよりも周囲の人間のことを気遣う人だった。また、内海哲也コーチがライオンズを退団してジャイアンツにコーチとして戻る際にも、オレンジ色のネクタイを贈って送り出してくれたと言う。果たしてこのような心優しき増田投手を愛さないライオンズファンなど一人としていただろうか。
プロ野球には「優しすぎる投手は活躍できない」というジンクスがある。その理由は厳しく内角を突くことができないためだ。だが増田投手は優しすぎるとも言える人柄でありながらも、通算194セーブを記録しそのジンクスを覆した。そして200セーブまであと6つだっただけに、何とか今季中に達成させてあげたいなとも思っていたのだが、しかし増田投手自身は数字にこだわることなく、本当に潔すぎるくらいの姿で引退を決意してしまった。
金子選手にしても増田選手にしても、やろうと思えばまだまだできたはずだ。困った時のベテランとしてスタンバイしていてくれれば、二軍にいたとしても今後も必ず一軍での出番はあったはずだ。だがそのような余力を残しながらユニフォームを脱ぐというのも一つの美学なのだろう。
これで今季のライオンズは2番、7番、14番という好ナンバーが空いていくことになった。ライオンズの背番号14と言えばこれまで石井貴投手、小野寺力投手が背負ってきた番号であるわけだが、そこに増田投手を加えても、3人すべてが素晴らしいピッチャーだった。
石井貴投手が背負う前の14番は、ライオンズでは捕手や野手が背負うことが多い番号だったわけだが、それを石井投手、小野寺投手、増田投手という系譜で見事にエース級や守護神が背負う好ナンバーへと育てあげられた。石井投手、小野寺投手が作り上げた歴史に恥じないどころか、その2人を上回る活躍で増田投手はこのライオンズの14番という背番号の価値を高めてくれた。
ライオンズの守護神の番号としてはかつては豊田清投手が背負い、今は田村伊知郎投手が背負う20番がそれに当たるわけだが、今後は14番も守護神、もしくは守護神候補が背負う番号として受け継がれることになるだろう。
そして来季以降は、果たして誰が増田投手の意志と14番を受け継ぐことになるのだろうか。個人的には人柄の良さとこれまでの実績を踏まえると、今季は空き番号がなく34番となっていた甲斐野央投手の番号を14番に変えてあげても良いのかなと筆者は個人的には考えている。だが誰が受け継ぐにしても、14番という背番号をさらに高めてくれるピッチャーがその重みを感じながら背負ってくれればそれでいいとも思うのである。