2024年2月 7日公開
アギラー選手は本当に紳士だ。春季キャンプ2日目となったこの日、アギラー選手はコルデロ選手と共にペッパーを行なっていたのだが、その後ろを隅田知一郎投手が通ろうとしていた。
だが隅田投手はペッパーが切り良く止まるまで通るのを待っており、それに気付いたアギラー選手が、コルデロ選手が投げたボールをベアハンドキャッチしてペッパーを止め、隅田投手に道を譲る姿がパ・リーグTVにキャッチされていた。
アギラー選手の後ろを通ろうとした隅田投手の姿は、アギラー選手からよりもコルデロ選手からの方がよく見えていたと思う。だがコルデロ選手がペッパーに夢中になり投げ続けたのに対し、アギラー選手は横目に隅田投手の姿に気付くと、すぐにペッパーをストップさせた。しかも禁断のベアハンドキャッチ(素手によるキャッチ)をしてまで。
ベアハンドキャッチは指を怪我する危険性が非常に高いため、通常野球指導現場ではやらないように指導する。もちろんベネズエラでは多少事情も違うのだろうが、少なくとも日本の野球指導現場では、ベアハンドキャッチをさせる指導者はいない。
もちろんコルデロ選手が軽く投げていたためのベアハンドキャッチだったわけだが、アギラー選手の人柄が滲み出たワンシーンだった。このような思い遣り溢れる姿を見るのは、南郷にも訪れているであろう多くのちびっ子ファンにとっては素晴らしい教育になると思う。
ちびっ子ファンにはアギラー選手を見習い、自分の練習をストップしてでもチームメイトを優先させる思い遣り、そしてフォア・ザ・チームの精神を学んでいってもらいたい。ただしベアハンドキャッチだけは一般の選手は絶対にすべきではないとだけ、再度書いておきたい。
そしてブルペンにはルーキー武内夏暉投手が登場したわけだが、まだ力を抜いたピッチングとは言え、マイペースをキープし続けられる姿はとてもルーキーとは思えない佇まいだ。
その武内投手は自他共に認める人見知りであるようで、それも奏功して上手く自分の世界を作り上げ、まだ慣れないプロの世界でも集中力を維持できているのかもしれない。ここまでは順調な調整が続いている武内投手ではあるが、ルーキーは得てして飛ばしすぎてしまいリタイヤしてしまうことがある。だが武内投手のこの落ち着き様を見せられると、そんな心配も杞憂に終わりそうだ。
そして武内投手のフォームを見ていると、全盛期の西口文也投手を彷彿させる。左腕から投じたあと、左足をクロスさせながらフィニッシュさせていくのだが、このクロスフィニッシュは状態が良い時の西口投手がよく見せていた動作だった。このクロスフィニッシュを見せている時の西口投手のフォームには躍動が溢れており、全盛期だけではなく、下り坂に差し掛かっていた頃でも好不調を計る一つのバロメーターになっていた。
武内投手自身が憧れているように、武内投手は和田毅二世と呼ばれることもある。だがこうしてじっくりとフォームを観察すると、その姿はまるで左で投げている西口文也投手のようにも見えてくる。
ここからブルペンに入る回数がさらに増え、肩も仕上がってくれば、もっと躍動感溢れる姿で投げ始めるのだろう。ルーキーながら開幕ローテーション入りも有力視されているだけに、焦ることなく開幕に照準を合わせ、じっくりと肩を仕上げていってもらいたい。
故障や体調不良さえなければ、武内投手はかなり高い確率で開幕一軍入りしてくるだろう。ちなみに体調不良と言えば、渡部健人選手が現在体調を崩しており、自宅療養を行なっている。具体的にどのような体調不良なのかは発表されていないが、渡部選手にも早く元気になって春季キャンプに合流してもらいたいと思う。
一昔前の春季キャンプでは、キャンプイン早々にブルペンに入る投手は決して多くはなかった。だが近年は自主トレに対し高い意識を持っている選手が非常に多く、キャンプイン初日からブルペンに入ることが当たり前になって来た。ベテラン増田達至投手にしてもすでに初日からブルペン一番乗りを果たしているくらいだ。
そして移籍して来たばかりの甲斐野央投手も早速、ブルペンに乾いたミット音を響かせながらのピッチングを披露している。この日は古市捕手とのブルペンセッションだったわけだが、印象的だったのはブルペンで投げ終えた直後、甲斐野投手が古市捕手と一緒に座り込んでコミュニケーションを取っていた姿だった。
仕草を見る限り、甲斐野投手から「座ってゆっくり話しようよ」と話しかけたのではないかと思われる。古市捕手から伝えられるボールの感想を聞きながら、甲斐野投手も自分の投球についてしっかりと古市捕手に意見を伝えているようだった。移籍して早々、ここまで円滑にコミュニケーションを取っていける甲斐野投手は、やはり只者ではないなという印象だ。
甲斐野投手ももちろん開幕守護神の座を狙っている。だが豊田清投手コーチの言葉通り、ライオンズのブルペン陣には昨季、甲斐野投手以上の成績を残している投手たちが何人もいる。さらには新外国人選手であるアブレイユ投手に関しても54セーブを目標としており、実際にサファテ投手が日本記録として54セーブをマークしていると聞くと、55セーブに上方修正したほどだ。
開幕守護神の座を手にするには、現時点のライオンズでは強力なライバルたちを凌いでいかなければならない。だがそこを目指した時、甲斐野投手が見せるこのコミュニケーション能力は、新しい球種と同レベルの武器となるのではないだろうか。
古市捕手だけではなく、今季一軍でマスクを被るであろう炭谷銀仁朗捕手、柘植世那捕手、古賀悠斗捕手らとも今後コミュニケーションを図っていくのだと思うが、バッテリー間で意思疎通がしっかりしていると、いざ試合になった時に双方共に違和感なくサイン交換できるようになる。
逆に意思疎通ができていないと、捕手がなかなか投手が投げたい球種のサインを出すことができず、投手は何度も首を振っている内にリズムを崩してしまい、結果的にベストピッチができないということにもなってしまう。コミュニケーションを取るのが難しい外国人投手によく見られるパターンだ。
だが甲斐野投手はこうして捕手ともしっかりとコミュニケーションを取り、丁寧に自分が投げたボールを内外から評価しようとしている。そしてバッテリー双方で感覚を共有することで、試合中に滞りなくスムーズにサイン交換ができるようになり、投手は打者を抑えることだけに集中できるようになる。
だが意思疎通が上手くいっていないと、投手は打者と対戦する前に、まず自分との戦いを強いられることになる。つまりリズム良く投げられない状況においても集中力を途切らせないことにエネルギーを使わなければならなくなる、ということだ。そのような状況を防ぐためにも、甲斐野投手が見せるコミュニケーション能力の高さは、本当に大きな武器になると筆者は考えている。
甲斐野投手は、仮に開幕守護神の座を掴めなかったとしても、間違いなく一軍の勝ち試合で投げてくることになるだろう。そのためにも甲斐野投手にも飛ばしすぎてコンディションを落とすことなく、ここから開幕までずっと良い状態をキープし続けてもらいたい。だがこれだけのコミュニケーション能力があれば、万が一飛ばし過ぎたとしても捕手からストップを入れやすくなるため、心配する必要はまったくないのかもしれない。